世界大家族制とベーシックインカム(23)五六七の世の住宅

投稿:2022年07月17日

出口王仁三郎は天産自給に絡んで、住宅問題にも言及している。

宏大なる邸宅は、土毛(どもう)(注1)を妨害し、珍奇贅沢なる結構(けっこう)(注2)は、以て亡国の素因を醸成するものである。これみな天産自給の天則に違反するのみならず、国家経済の原則に矛盾するものである。
次に国民住宅の根本義は、

各人その家族の多寡(たか)に応じて造る事
気候風土に適すべき事
その職務に適すべき事

天産自給における国民住宅の根本義は、全国民一人の徒食遊民(としょく ゆうみん)(注3)の絶無なるをもって基礎となすべきものである。これ即ち国家的大家族制度の実現せらるべき所以(ゆえん)である。統一的国民の住宅は、天産自給の国家経済を充実円満ならしむるのが大主眼である。
〔「皇道維新について」第八章 住宅問題〕

(注1)土毛…「土に生えるものの意で、野菜や穀物のこと」〔漢字源〕
(注2)結構…「家屋や文章などの組みたて」〔漢字源〕
(注3)徒食…「何の仕事をもせずに遊び暮すこと」〔広辞苑〕 遊民…「職業もなく遊んで暮している人。のらくら者」〔広辞苑〕

大正~昭和初期の住宅事情が今一つ調べきれてないのでよく分からないが、当時の住宅問題の一つとして、洋風と和風の二重生活という問題があったようだ。
外では、会社だとか工場だとか、買い物に行くお店もみな、洋式の建物が増えている。しかし自宅は昔ながらの和式の建物だ。
汽車に乗るときに草履を脱いで座席の上に正座して座った…なんて笑い話があるが、服装も含めて、和式と洋式が入り交じっていると、不自由な場合がある。
一例を挙げるなら、和服を着て洋式トイレで用をたすのははなかなか難しいということだ。和服ならば、そのまましゃがんで用を出せる和式トイレが便利だろう。

私が仕事をしている部屋は和室だが、畳の部屋に車輪付きのオフィスチェアーを置いているので、少々不便だ。車輪が転がらないし、畳にせよゴザにせよ、車輪を転がすと表面が痛む。やはり洋式の椅子は洋式のフローリングが適している。
和洋混合だとこういう不自由がいろいろあるのだ。
生活がかなり洋式化された現代でも不自由があるのだから、洋物が入り出したばかりの当時はもっといろいろ問題があったと思う。

それら洋式の文物は、ヨーロッパの気候風土に適した形で発達して来たのだから、日本の気候風土に適するとは限らない。今までの日本にない珍しいものだから採り入れていったという側面も強い。一部の金持ちが栄華を誇るためレンガ造りの洋館を建てるというようなことが「珍奇贅沢なる結構」ということになるのではないだろうか。

しかしそんな金持ちはごく少数だから、「土毛を妨害」するほどのことではない。
むしろ「土毛を妨害」したのは、第二次大戦後のニュータウンブームだろう。
決して「宏大なる邸宅」ではなく猫の額のような家だが、庶民の家を建てるために山野を切り開いて開発して行ったのだ。
山を削り森や田畑を潰して大量に家を建てて行ったのである。まさに「土毛を妨害」の状態だ。
もちろんこれは人口増加に伴うもので、やむを得ない部分もある。
しかし今それらのニュータウンは人口減・高齢化によってゴーストタウンと化しつつある。
果たして何十年ものローンを組んでまで建てるほどのことだったのか?
当時はマイホームやマイカーがステータスシンボルだったので、見栄を張ってローンを組んで無理して買った、という側面も大きいと思う。
昔の金持ちが金持ちのステータスとして洋館を建てたのと似たようなものだ。
戸建ての家が欲しいという人が少しだけなら問題はないが、誰も彼もがそう思った結果、日本中どこもかしこも家だらけになってしまったのだ。
その結果、山の斜面や海辺や川辺も家だらけで、自然災害が起きやすくなっている。

王仁三郎は、五六七の世では高原地帯に人々が住むようになると言っている。
平野ではなく高原だ。高原は平地が少ないから、戸建てではなく集合住宅がメインになるのではないだろうか。

「その家族の多寡に応じて造る事」とか「その職務に適すべき事」というのは、短く言うと、身分相応の家に住めということだろう。
当時は大家族が当たり前だった。三世代同居は当たり前だし、子供が5人も10人もいるのは当たり前だ。
だが庶民の家は狭く、6畳2間に10人家族では狭すぎる。
身分相応の家に住めというより、むしろ、身分相応の家を供給せよ、ということなのかも知れない。
政府は、人々がその家族の人数に適した家に住めるように供給せよ、ということだ。

現代であれば核家族とか一人世帯が多いので、狭くてもあまり問題ないが、「その職務に適すべき事」が引っかかる。
東京のサラリーマンが通勤に往復3時間も4時間も費やすのは、あまりにも痛勤過ぎる。私も20年くらい前は埼玉から東京まで往復3時間費やして職場に通っていた。1日は24時間しかないのに、3時間も4時間も通勤に費やすのはあまりにもバカバカしい人生だ。
産業エリアと住居エリアのバランスが悪いからそんなことになってしまうのである。
政府はサラリーマンという職務に適するように、職場にもっと近いところに家を供給すべきであろう。
あるいは東京一極集中を止めて、地方に職場を分散すべきだ。
コロナ禍によりリモートワークが進み、多少は東京の人口も減ったようだが、コロナ禍が明けたらまたコロナ以前に戻ってしまうようでは、何も進歩がないことになる。

「徒食遊民」というのは、おそらく「高等遊民」を指すのだと思う。
当時、金持ちの子弟で、大学を出たにもかかわらず、働かなくても食べていけるので、働かずに遊んでいるような人たちがいた。彼らを高等遊民と呼ぶ。
高等教育を受けたのに遊んでいるのだ。

現代の大学進学率は60%くらいだが、大正時代は5%くらいだった。だから学士さんは超貴重な存在であり、それだけ社会から期待されていたのだ。
現代の大卒遊民は就職したくても求人が少なくて就職できない人だが、当時は就職口があっても働かない遊び人が多数いたのである。働くのがかったるかったんだろうか? 現代だといわゆるニートがそれだ。親のすねをかじって遊んで暮らしているような連中である。
その高等遊民が一人もいなくなることが、天産自給における住宅の根本義だと王仁三郎は言うのだが、いまいち意味がよく分からない。
遊び人の問題と住宅の問題がどう繋がるのか?

おそらく、住宅を単なる住む場所ということではなく、人生の基盤として捉えているからだと思う。
『皇道維新と経綸』収録の「皇道維新について」では削除されているが、『出口王仁三郎全集 第一巻』収録の「皇道維新について」の最後の方に、次のような文言がある。

「国民住宅の全部は職業家族及び家庭に応じ、幸福の実現を目的とし供給せらるべき事」

人生の目的もなくブラブラと生きている人は、神様から見たら死んでいるのと同じである。
自分がこの世に生まれて来た目的・使命というものを探求し、それを実行するのが人生だ。そしてそれが「幸福」である。
神様の次元で見たら、好きな人と結婚することが幸福なのではないし、美味しいものを腹一杯食べることが幸福なのでもない。人生でやるべきことをやることが本当の幸福である。

そして家というものは、その人の職業とかライフスタイルに応じた家に住むべしというのだから、つまりその人の人生によって住む家が決まって来る。
たとえば農家であれば、農業に適した家というものがあるだろうし、ピアニストであればピアノを置いても抜けない頑丈な床が必要だろう。リモートワークのサラリーマンなら通信の途切れないブロードバンド回線と、家族の声が電話の相手に聞こえない個室が必要だ。

では人生の目的もなく、金があることをいいことに働かない遊んでいる高等遊民には、一体どんな家がいいのか? ──そんな家はない。
人生の基盤となる住居問題は、人の人生とは何なのかという問題に繋がってくるのだと思う。

ステータスシンボルとしてマイホームを持っても、それは外側を整えただけである。明るい家庭を夢見ていても結局、家庭崩壊して、住んでいるのは自分一人だけという惨めな結果になるかも知れない。
真に重要なのは内面である。自分は何者なのか、今生で何を為すべきなのか、どう生きればいいのか、それが定まることで、住む家も自ずから定まって来る、ということなのではないかと思う。

(続く)



(このシリーズは「霊界物語スーパーメールマガジン」令和2年(2020年)8月24日号から12月28日号にかけて25回連載した文章に加筆訂正したものです)