フリガナの仕様変更

Published / by 飯塚弘明
投稿:2021年05月02日

細かいことなので気がつかない人も多いと思いますが、霊界物語ネットのフリガナの付け方を少々変更しました。

従来は、フリガナを付ける本文が長目の場合が多かったです。
たとえば「大八洲彦命」(本文5文字)に対して「おほやしまひこのみこと」とフリガナを付けていました。
これは十数年前に霊界物語ネットのデータを作り出した際に、作業効率を上げるために、まとめて付けてしまったためです。
「阿鼻叫喚(あびけうくわん)」のような四文字熟語のようなものも、4文字まとめてフリガナを付けていました。
それでも問題は無いのですが、見た目が少々変でした。本文4文字に対してフリガナ7文字を割り振るので、

阿鼻叫喚あびけうくわん

のように、フリガナが本文に対してズレて振られてしまうわけです。
いつか直そうと思って、ようやく直しました。
ただし本文1文字ずつフリガナを付けたのではなく、4文字以上の長い本文を2~3文字くらいずつ分割しました。
これで

阿鼻あび叫喚けうくわん

のようになり、見やすくなったと思います。

地名などで「ケ」が付く単語は、従来は「ケ」に対して「が」というフリガナを付けていましたが、それを今回外しました。
たとえば

荒野ケ原あれのがはら

荒野あれのはら

のように直しました。
底本では「ケ」に「が」と付いていたり、付いていなかったり、まちまちです。
霊界物語ネットでは今まで全てに「が」と付けていましたが、それを今回外しました。

見た目がすっきりしたのはいいのですが、別の問題が生じます。
それは、ブラウザ上でページ内の文字を検索する時に、「阿鼻叫喚」とか「荒野ケ原」では検索できないことです。
フリガナによって本文が途切れてしまい「阿鼻(あび)叫喚(けうくわん)」「荒野(あれの)ケ原(はら)」という文字列を検索するため、「阿鼻」とか「叫喚」、「荒野」でないと検索できません。
このように仕様を変更しましたのでご注意下さい。

三鏡解説039 人間の霊魂

Published / by 飯塚弘明
投稿:2020年10月10日

●水鏡「人間の霊魂」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg039

人間には元はよい魂(みたま)が授かってあったがだんだん悪くなった。

黄金(おうごん)時代は元の美しい霊であったが、世がだんだん悪くなって、白銀(はくぎん)、赤銅(しゃくどう)、黒鉄(こくてつ)時代と成り下がり、今は早や泥海時代となっておるから、今の世の中に生まれておるものは、魂(みたま)が既に外部的状態を混じた善悪混合のものとなっている。

初出:『神の国』大正15年(1926年)11月号

黄金時代、白銀時代、赤銅時代、黒鉄時代、泥海時代という時代区分は、王仁三郎のオリジナルなものではなく、もともとはギリシャ神話に出てくる言葉です。
○ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E9%87%91%E6%99%82%E4%BB%A3
○コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E9%BB%84%E9%87%91%E6%99%82%E4%BB%A3-448892

スエデンボルグもこの言葉を使っています。

霊界物語にもこの言葉がときどき出て来ます。次の箇所で詳しく説明されています。

●第47巻第21章「跋文」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm4721#a113

地上における最太古の人間は即ち天的人間であって、相応そのものによって思索し、彼らの眼前に横たわれる世間の自然的事物は、彼ら天的人間が思索をなす所の方便に過ぎなかったのである。

太古の人間は天人と互いに相交わり相語り、天界と世間との和合は彼らを通して成就したのである。これの時代を黄金時代というのである。

次に天界の住民は地上の人間と共におり、人間と交わること朋侶(ほうりょ)の如くであった。されど最早この時代の人間は相応そのものより思索せずして、相応の知識よりせるによって、なお天と人との和合はあったけれども、以前のようには親密でなかった。この時代を白銀時代という。

またこの白銀時代を継いだものは相応は知らぬにはあらざれども、その思索は相応の知識によらなかった。故に彼らがおる所の善徳なるものは自然的のものであって、前時代の人の如く霊的たることを得なかった。これを赤銅時代といったのである。

この時代以後は人間は次第々々に外的となり、遂に肉体的となりおえ、従って相応の知識なるもの全く地に墜ちて天界の知識ことごとく亡び、霊界に関する数多の事項もおいおいと会得し難くなったのである。

また黄金は相応によって天国の善を表わし、最太古の人のおりし境遇である。また白銀は霊国の善を表わし中古の人のおりし境遇であった。赤銅は自然界の善を表わし古(いにしえ)の人のおりし境遇である。

さらに下って、黒鉄時代を現出した。黒鉄なるものは冷酷なる真(しん)を表わし、善はこれにおらない時代である。これを思うに現今の時代は全く黒鉄時代を過ぎて泥土(でいど)世界と堕落し、善も真もその影を没してしまった暗黒無明の地獄である。

国祖の神はかくの如き惨澹たる世界をして松の代、三五(あなない)の代、天国の代に復活せしめんとして不断的愛善と信真のために御活動を遊ばし給いつつあることを思えば、吾々は安閑としてこの現代を看過することは出来ないのである。天下国家を憂うるの士は、一日も早く神の教えに眼を醒まし、善のために善を励み、真のために真を光(てら)して、空前絶後の大神業に参加されんことを希望する次第であります。

黄金時代というのは、人間が天人と互いに交わり、語り合い、つまり神人合一していた時代のようです。

“相応によって思索する”というのは、どういうことなのか私にはよく分かりません。何しろ私も泥海時代の人間ですから(^_^;
皆さん、いろいろ考えてみて下さい。


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この記事は『霊界物語スーパーメールマガジン』2019年8月12日号の記事に加筆訂正したものです。(メルマガ登録ページはここをクリック


三鏡解説038 裁、制、断、割

Published / by 飯塚弘明
投稿:2020年10月10日

●水鏡「裁(さい)、制(せい)、断(だん)、割(かつ)」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg038

「裁」は奇魂(くしみたま)の働き即ち「智」、「制」は和魂(にぎみたま)の働き即ち「親(しん)」、「断」は荒魂(あらみたま)の働き即ち「勇」、「割(かつ)」は幸魂(さちみたま)の働き即ち「愛」である。

初出:『神の国』大正15年(1926年)11月号

これは四魂の働きを説明しています。

裁・制・断・割は四魂の「義(ぎ)」、智・親・勇・愛は四魂の「体(たい)」です。

王仁三郎は一霊四魂について霊界物語の各所で色々詳しく説明していますが、主に次のところに書いてあります。

●第13巻総説の(二)霊力体
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm130003#a176

●第10巻第29章「言霊解三」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm1029

●第6巻第26章「体五霊五」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0626


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三鏡解説037 論語読みの論語知らず

Published / by 飯塚弘明
投稿:2020年10月09日

●水鏡「論語読みの論語知らず」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg037

女が男より先にお湯に入ったという小さな出来事のため、やかましい問題を惹き起こすことが度々あるという事を聞くが、宣伝使たち、霊界物語をどう読んでおるのか。男女同権は神の定め給うた規則である。女が先にお湯に入っては悪いという理由がどこにあるか。そういう事を言う人たちは、男が女よりも特別優れて生まれているというような迷信に陥っておるからである。

こういう旧(ふる)いこびりついた頭を持っていて、いつの日か神書霊界物語に盛られたる天地の真理を実現することが出来ようか。事柄はいと小さいけれど、神書に示さるる道理を無視し、旧来の道徳を標準として人を裁くという事は間違いのはなはだしいものである。
こういう見易い道理さえ分からぬ人が宣伝使の中にも多いのは困ったものである。

無論、夫婦となった男女は針と糸との道理、すべてに夫を先にすべきは申すまでもない。
また女が月経中入浴を慎むべきは当然である。

初出:『神の国』大正15年(1926年)10月号

まずタイトルの「論語読みの論語知らず」ですが、これは諺です。
広辞苑によるとその意味は「書物の上のことを理解するばかりで、これを実行できない者にいう」ということです。
この水鏡の教示の中では、論語ではなく、霊界物語を読んでいても何も実行できていない、と戒めています。

「女が男より先に○○をした」ということで揉めることは、さすがに現代日本ではあまりないでしょうけど、当時は男尊女卑社会ですから、そういうことで揉めることもたびたびあったのでしょう。
男女同権が神の定めた規則である、と王仁三郎は言っています。
しかしその一方で、夫婦になったら夫を先にすべし、とも言っています。
何だか矛盾しているように感じるかも知れませんが、それはおそらく次のような意味だと思います。友人のようなフラットな関係であれば男女は平等だが、夫婦というのは最小の社会であり組織である。組織であれば順序は必要である…と。

神は順序であり、順序を破れば秩序が乱れる、ということが霊界物語で教えられています。
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm6525&mka=a110-a123#a110

天と地、火と水、日と月、厳と瑞などのように、夫婦というものも、どちらが偉いということではなく、対等であり、それぞれ役割を持っていますが、しかし順序は必要です。順序とは秩序であり、宇宙は秩序によって正しく運行しているからです。
そういう観点から、夫婦になったら夫を先にすべしと言っているのではないかと思います。
ただしどちらが先に入浴するかなどというのは、今となってはどうでもいいようなことです。しかし当時は水は貴重ですし、薪を焚いて湯を沸かしていたので、一番風呂に誰が入るかということはどても重要だったのだと思います。ですが現代では蛇口を捻ればいくらでもお湯が出る時代ですので、一番でも二番でもそんな重要なことではなくなっています。
最後の、女が月経中入浴を慎むべき云々というのは、ただの一般論で、何か宗教的意味があるわけではないと思います。

ところで世の中にはレディーファーストという言葉があります。
たいていの人はあまり気にしないでしょうけど、うるさい人に言わせれば、あれは女性差別の裏返しです。
先に入るな、ではなく、先に入れ、です。
レディーファーストだと、女性は『大切にされている』と感じるかも知れませんが、うるさい人に言わせると、女性が『大切にされている』ということに喜びを感じること自体が男性優位社会の産物だ、そのように男性に感じさせられているのだ、ということになります。
まあ、世の中にはいろいろなものの見方があるものです。


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この記事は『霊界物語スーパーメールマガジン』2019年8月8日号の記事に加筆訂正したものです。(メルマガ登録ページはここをクリック