世界大家族制とベーシックインカム(8)金本位制はすでに廃止されたが金銀為本はまだ終わっていない

投稿:2022年07月13日

出口王仁三郎は皇道経済論の中で、私有財産制、租税制度、金本位制を廃止して、土地本位制を採用し、御稜威(みいづ)紙幣を発行せよと唱えている。

私有財産制と租税制度については前回(第7回)説明した。
今回は金本位制について説明する。

まずは王仁三郎の著作「皇道維新について」と「世界の経綸」の中から、金本位制について言及した箇所をいくつか紹介する。

過去二千年来、世界の国家経綸と人生生活の状態は、下等動物の生活状態と毫差(ごうさ)なくして、人生の使命を没却し無視せる憐れ至極なる社会の状勢である。
これを要するに金銀為本の国家経済が、国家の存立的競争と、人生の不安不平を醸成する禍因(かいん)となりおる事は、動かすべからざるものである。
古今、治乱興廃の深因と、現代生活難の醸因は、全く金銀為本(きんぎんいほん)の財政経済と、社会経綸の不備欠陥に基因するの証拠は、今や歴然として西欧の大戦乱によりて明白である。
〔「皇道維新について」第2章〕

そもそも世界の争乱と人生不安の禍因を根絶するには、第一着に現代の金銀為本の国家経綸策を根本より変革せなければならぬ。
〔同 第4章〕

しかして世界平和の第一着たるべき事業は財政経済の根本変革を以て第一の要件と為すにあり。
由来金銀を貴重視する慣習は古今世界の分野を通じ人間社会の常理の如く信仰せられつつありて、就中(なかんずく)(注・「特に」の意)貨幣として金銀の価値は流通経済上における利便なるにありて、大は国家、小は個人の階級的標準ともなりつつあり。
それがためには、一つは全然逸居(いっきょ)(注・安楽に暮らす意)坐食(ざしょく)(注・働かないで食う意)以て巨額の財を収め、なお終始これを増殖し、一つは勤労するも、なお衣食の資に窮乏して遂に惨死するものもあるに至れり。
しかしてまた国際の競争、産業の競争、国家の興亡、戦争の動機、人心の腐敗、諸多の犯罪はほとんどことごとく黄金の獲得欲望に基因するなり。
この金銀本位の財政経済の結果は、限りある財貨を、限り無き欲望に満足せしめんとするが故に、無限の罪禍を醸成するに至るなり。
これ人生の本義、天地化育の玄理を知らざる野生的文明の結果なり。
〔「世界の経綸」第5章〕

「金銀為本(きんぎんいほん)」という言葉が出て来たが、もともとは古事記に書いてある言葉だ(次回で説明)。
現代で言うと、金本位制や銀本位制のことである。
「為本」という言葉は辞書を引いても出て来ないが、漢文の「為本」で、「本(もと)と為(な)す」という意味だ。

過去の歴史において、日本も外国も、金本位制を採用したり銀本位制を採用したり、両方を併用したり、時期によっていろいろだが、ここでは面倒くさいので「金本位制」という言葉に統一する。

王仁三郎は「皇道維新について」や「世界の経綸」の中で──金本位制が国家間の争いや人生の不安・不平の原因になっている、つまり人間を苦しめているのであって、それらを根絶するには金本位制を変えるべきだ──と力説していた。

そんなに金本位制は悪いものなのだろうか?

貨幣が誕生する以前の経済は物々交換だった。やがて持ち運びに便利なように硬貨というものが誕生した。
その硬貨の材料に金や銀が使われた。それは金や銀というものに、価値を見いだした人がいたからだ。
金や銀はただ単に光っているだけで、食べることは出来ない。
だから装飾品としての価値だ。
「逸居坐食(いっきょざしょく)」して財を為す支配者層が、そういう光り物を欲しがったのだ。

日本では、縄文人は金銀銅に価値を見いだしてはいなかった。弥生人が金銀銅を欲しがった。
それで日本書紀や続日本紀に、日本で初めて金や銀が採れたという記述があるのだ。
縄文人も金銀銅を欲しがっていたのなら、とっくの昔に金山や銀山が発見されていたはずだ。
縄文人の装飾品は金銀銅ではなく、勾玉のような石である。金属系の光り物を欲しがるようになったのは弥生人からだ。

ちなみに文献に記された日本初の金銀銅山は次の通り。
金山/続日本紀/聖武天皇/天平21年(749年)4月22日/陸奥国(宮城県の黄金山神社)
銀山/日本書紀/天武天皇3年(674年)3月7日/対馬国
銅山/続日本紀/元明天皇/慶雲5年(708年)正月11日/武蔵国(秩父の和銅遺跡)

金貨や銀貨というものは、金属なので重くて持ち運びに不便だ。
そこで硬貨を別に保管し、それの預かり証とか引換証が発行されるようになった。それが紙幣の始まりだ。
世界初の紙幣は中国で1千年ほど前に、日本初の紙幣は400年ほど前に発行されているようだが、本格的に紙幣が使われるようになったのは明治以降である。

金本位制というのは、金を貨幣価値の基準にすることである。実際には、大量の金を政府なり中央銀行(日本なら日銀)なりが保管し、金との交換(兌換)を保証する形で紙幣を発行する。
金は一種の国際通貨として機能するため、貿易の決済に使われた。世界の貿易が盛んになり出した1817年(日本の江戸時代後期)に、イギリスで金本位制が誕生し、紙幣が使われるようになった。

日本では明治4年(1871年)5月に金本位制が採用された。しかし最初の頃は金の量が足りずに、明治11年(1878年)5月に銀と併用する金銀複本位制となり、明治18年(1885年)5月には銀本位制となり、明治30年(1897年)10月には再び金本位制となった。

金本位制の最大のデメリットは、金の保有量しか紙幣を発行できないことだ。
経済が発達して行くと、大量の金を保有しなくてはならず、もともと希少な金を調達することが大変になる。
それに貿易の決済を金で行うため、輸出より輸入が多いと、自国の金が外国に流出することになり、なおさら金の確保が難しくなる。

そこで、金の量に依存しないで紙幣を発行する「管理通貨制度」というものが誕生した。
現在は世界中の国が管理通貨制度だ。
金本位制での紙幣は、金と交換できるということが担保だった。単なる紙切れに過ぎない紙幣が、千円とか1万円とかの価値を持つ理由は、それが金と交換できるからだ。
それに対して、管理通貨制度での紙幣は、その国の経済力とか、社会の安定とか、信頼というものが、担保になっている。
通貨というものは、常にある一定の価値を保ってもらわないと困る。価値が大きく上がったり下がったりすると、使うのに不便である。今日貰った給料が、明日は半分の価値になっているというのでは困る。その国の政治経済が安定していることが、紙幣がただの紙切れではなく、金銭的価値を持たせているのである。

昭和4年(1929年)の世界恐慌をきっかけに、世界各国は金本位制を廃して管理通貨制度に移行し始めた。1930年代には日本も含め主な国は管理通貨制度に移行し、昭和46年(1971年)のニクソン・ショックで米ドルと金の兌換が停止されたことで、主要国は全て管理通貨制度になった。
だから今となっては金本位制は過去の遺物である。

☆   ☆   ☆

王仁三郎は、金本位制が人々を苦しめていると説いていたが、それは一体どういうことだろうか。

先ほど引用した「世界の経綸 第5章」の中に、次の文があった。

「国際の競争、産業の競争、国家の興亡、戦争の動機、人心の腐敗、諸多の犯罪はほとんどことごとく黄金の獲得欲望に基因するなり」
「この金銀本位の財政経済の結果は、限りある財貨を、限り無き欲望に満足せしめんとするが故に、無限の罪禍を醸成するに至るなり」

この「限りある財貨を、限り無き欲望に満足せしめんとする」ということが、金本位制のデメリットを言い当てている。

金は有限である。あちこち探して掘れば出て来るが、それでも限りがある。そもそも希少だから価値が高いのであって、値下がりしないよう、供給量が調整されている。好きなだけどんどん供給するというわけには行かない。
それに対して人間の欲望は無限である。限りなく拡大して行く。
有限のものを、無限の欲望が狙っているのだから、「黄金の獲得欲望」が諸々の争いの「基因」になっているというのも、うなずける。

しかし実際には、人間の欲望の対象は、金だけではない。他の貴金属や工業生産物、土地や、無形の権利など、いろいろある。むしろ物質文明の発達した社会では、金というものは欲望の対象のほんのわずかな一部分に過ぎない。
だが、商取引の決済の手段として、金(ゴールド)や、それに代わる紙幣を使う必要がある。
現代のデジタル化社会ではまた事情が異なり、スマホのバーコードをピッと読み取るだけでよくなったが、昔は貨幣が無いと買い物が出来なかった。
特に国際間の取引(つまり貿易)は、国際通貨としての役割を持つ金(ゴールド)が無いと、買い物が出来ない。
金が無いと、必要とする資源や食糧が購入できないということになる。
資源が乏しく、金も少ない日本が、活路を求めて大陸を侵略して行った原因の一つは、金本位制にある。

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金本位制は1817年にイギリスで始まり、1971年にアメリカで終わった。
わずか154年の歴史しかない。
そのわずかな期間だったが、人類を苦しめたというのは、たしかに事実かも知れない。
しかしだからと言って、金本位制の終焉と共に人類社会の争いが少なくなったということはない。
それに金本位制が始まる前だって、お金のことで人類は苦しんでいた。
王仁三郎が言う「金銀為本」とは、単純に金本位制を指しているのではない。
154年続いた金本位制がそのピークだったかも知れないが、その前後も含めて「金銀為本」の時代なのではないかと思う。

「皇道維新について 第2章」に、「過去二千年来、世界の国家経綸と人生生活の状態は」云々と書いてあったが、王仁三郎はそういう古代からのことも含めて「金銀為本」を論じている。
ここ二世紀ほどの金本位制だけでなく、もう少し古代に遡って「金銀為本」について調べて行く必要がありそうだ。

「金銀為本」はもともと古事記に出てくる言葉である。
王仁三郎がその箇所を未来予言として解釈しているので、次回はそれを紹介する。

(続く)



(このシリーズは「霊界物語スーパーメールマガジン」令和2年(2020年)8月24日号から12月28日号にかけて25回連載した文章に加筆訂正したものです)