世界大家族制とベーシックインカム(6)私有財産と租税という悪弊

投稿:2022年07月13日

税金というはあって当たり前だと私たちは思っている。道路や学校など、社会みんなのために使うお金だ。
税率など、税金の取り方について議論はあるが、税金そのものを否定する人はあまりいないと思う。

しかし王仁三郎は「皇道維新について」の中で、税金というものを次のように否定している。

皇道維新の要点は皇道経済の実施であり、租税制度の廃絶である。
元来租税制度なるものは御国体(おんこくたい)(注・天皇の意)の経綸的本義で無い事は、御遺訓の明白に的確に証明し給うところである。租税徴収は実に蛮制の遺風(注・外国のやり方という意)であって、また金銀為本を以て富国の要目と為し、生存競争を似て最終の目的と為す大個人主義制度である。
しかるに皇国の経綸制度なるものは、実に世界万民の幸福を目的とし給える国家和楽の国家家族制度である。
故に昭和の御代は、古今の汚らわしき租税徴収の悪制を根本より廃絶する事が神聖なる大日本天皇の御天職に坐します所の、済世安民の経綸を始めさせ給い、皇道経済を施行し給う第一歩たるべきものである。
〔「皇道維新について」第13章〕

また、「世界の経綸」の中でも、

「租税制度は本来外国模倣の制度にして他国を奪略征服して建国せる猟獲的国体の悪制なり」〔第5章〕

「財政経綸は租税によりて衣食する寄生虫的人物を生ずるの不経済を招来し、この種類の人物はいわゆる富国強兵の充実を期せむがため、租税増加を追求するに汲々として、遂に国民をして財力窮乏を訴えしむるに至り、国家存立上の危機に到達せしむるに至るなり」〔第8章〕

というように、手厳しく租税制度を批判している。
分かりやすくまとめると──租税徴収は略奪であって、そこに群がって利権を吸い取る輩が増え、軍事費など国民生活に直接関係のないことで増税して、そのため国民の生活力が低下して、ついには国家存亡の危機に陥る──と訴えているのだ。

しかし、それは税金の使い道が問題なのであって、たとえ税金が高くても、北欧のように高福祉ならば人々の理解は得やすいのではないだろうか?
ところが王仁三郎は、そういう税金の使い道がどうのこうのではなく、税金そのものを悪制だと批判しているのだ。

王仁三郎は租税制度と共に、私有財産制の廃絶も訴えている。

税金というものは、私有財産制を前提としている。
個人・法人の私有財産の中から、政府運営の費用を徴収するのが、税金だ。

縄文人など原始共産制の社会では、私有という概念はあまりない。共有という概念もない。この世の中にあるものは誰のものでもないのだ。
それを『これはオレのものだ』と言って独占し、私物化するようになったのは、基本的には自分の生存のためであろう。天候不順や人口増加などによって食糧が足りなくなると、生きるための生存競争が始まる。『みんなで分かち合う』ということはとても美しいが、ひもじい貧しい苦しい思いをすると、そんな美しい気持ちは持てなくなるのである。

前回(第5回)紹介した王仁三郎の文章の中に、次の一文があった。

畏くも崇神天皇が、和光同塵の政策を施し給いたる御神慮は、実に実に高遠甚深(じんしん)なる御理想に由(よ)らせられたのである。
そもそもこの時代には人文未だ幼稚なりしゆえに、生欲の発達のみ最も隆盛を極め、弱肉強食の蛮風(ばんふう)を以て人生自然の常事となし、いわゆる日本書紀の、
『ついに邑(いふ)に君(きみ)有り、村に長(をさ)あらしめ、おのおの自ら疆(さかひ)を分(わか)ち以て相凌轢(りょうれき)す』(注・日本書紀の巻第三(神武天皇)の最初の方に書いてある。村々にはそれぞれ長がいて境界を作って互いに争っている、という意味)
実に生存競争の激烈を極めた世態であった。
〔「皇道維新について」第11章〕

これはつまり領地争いだ。狩猟でも農耕でも遊牧でも、食糧を求めるということは、それに適した優良な土地を求めることになる。
誰かに使われないようにするためには、これは自分のものだという線引きをしなくてはいけない。
このような、生きるための生存競争の中から私有財産という概念が生まれたのであろう。

霊界物語第6巻第30章「罔象神(みづはのかみ)」には、大洪水後の地上で人間が誕生し(それ以前は神と人の中間の「神人」の時代)、「自己保護上」土地を独占する者が出て来た、ということが記されている。

ここに人間なるもの地上に星のごとく生れ出で、増加するによって、自然に自己保護上、体主霊従の悪風日に月に吹き荒(すさ)み、山を独占する神現れ、一小区画を独占するものも出で来(きた)り、野も海も川も、大にしては国、洲(しま)などを独占せんとする神人や人間が現れたのである。(略)勢い強きものは大をなし、力弱きものはついに生存の自由さえ得られなくなって来たのである。

人間の心はますます荒み、いかにして自己の生活を安全にせんかと日夜色食(しきしょく)の道にのみ孜々(しし)として(注・励むという意)身心を労し、ついには他を滅ぼし、その目的を達せんために人工をもって天の磐船を造り、あるいは鳥船を造り、敵を斃(たお)すために、各地の銅鉄の山を穿(うが)ちて種々の武器を製造し、働かずして物資を得むがために又もや山を掘り、金銀を掘り出してこれを宝となし、物質との交換に便じ、あるいは火を利用して敵の山野家屋を焼き、暗夜の危険を恐れて燈火を点じ、種々の攻防の利器を製造して互いに雌雄を争うようになって来た。

最初は「自己保護上」つまり自分の生命を守るために始まった私有制も、次第に増長して行く。人間に欲というものがあり、この欲が拡大して行ったのだ。
単に自分が生きるためだけではなく、より豊かになるため、より欲望を満たすために、他人を侵害し、略奪するようになったのだ。

支配者が贅沢な暮らしをするために、被支配者から金品を納めさせたのが税金の始まりだ。公共のために使うのではなく、自分の贅沢のためだ。
江戸時代の武士のように、自分は働かず、領民に働かせて年貢を納めさせるのだ。

国民が主権を持つ現在の国々では、税金は国家を運営するために国民が払う会費というような側面が強くなったと思うが、もともとは支配者が贅沢な暮らしをするために上納させたのが租税制度である。
しかし支配者は、単に自分が贅沢な生活をするだけではなく、上納させた金品で道路などのインフラを整えたり、学者や芸術家のスポンサーになることで、結果的に文物を発達させて行った。

皮肉なことだが、原始共産制のままであったら、人類の文明は発達しなかったであろう。
人間の欲望の拡大が、人類の文明を発達させたのであり、収奪して富を集約させたので、贅沢が可能になったのである。
そして特権階級が贅沢な暮らしをしているのを庶民が見て、自分もあんな生活がしたいと思い、それで社会が発達して、誰もが贅沢な暮らしが出来るようになって行ったのだ。
租税制度が和光同塵の政策であったというのは、そういう側面もある。
物質文明を発達させるためには、やむを得ない方法であったのだ。

租税制度は、各人が財産を持つ私有財産制を前提とするが、王仁三郎は租税制度を否定するだけでなく、私有財産制をも否定している。
土地を始めとする全ての財産は天皇のものであって、国民は全財産を天皇に奉還(返還)せよというのだ。

元来総ての財産は、上御一人(かみごいちにん)(注・天皇のこと)の御物である事は、これ祖宗の御遺訓と、開祖帰神の神諭に炳々(へいへい)として(注・明らかの意)垂示し給う所である。
(略)
されば今後の経済的社会の制度においては、絶対的に土地や財産の私有を許さざる事。
(略)
古今の弊政を根本変革して、神聖なる祖宗御遺訓を奉体し、以て国民発展の基本を確立し、皇運を扶翼し奉るの最大要件は、日本臣民の挙国一致的犠牲の精神によって一切の私有財産を上御一人に奉還する事である。
(略)
時代の推移は、いやここに皇道維新、神政復古の機運を醸成し、大国主神なる世界的国土奉還の止むを得ざる時運に達したのである。しかしてその第一着手としては、日本臣民の私有財産全部の奉還に始まるのである。
〔「皇道維新について」〕

このように、皇道維新は私有財産全てを天皇に奉還することから始まるのだと王仁三郎は訴えている。

この「天皇に奉還する」ということは、実質的に国有・公有と同じような意味になる。

たとえばこういうことだ。戦前の大本は政府に公認されていなかったため、法人扱いされていなかった。そのため綾部・亀岡の土地建物は、王仁三郎や澄子夫人など、出口家の個人名義になっていたのである。
個人名義だからといって、王仁三郎が私物化していたわけではない。家族が住むプライベートエリアはあっただろうが(つまり自宅)、そのほとんどは宗教活動のために使用していたのであって(神苑)、パブリックなものだ。もちろん王仁三郎にとっては一日24時間すべて御神業だから、プライベートもパブリックもみな一緒であろう。

天皇もそれと同様だ。神が定めた天皇の天職は、地上を統治することだ。統治者としての天皇の財産は全て、地球人類のために使われるべきものなのである。

つまり天皇に一切の財産を奉還するということは、一切の財産を国有・公有にするというのと同じ意味になるのだ。

法人としての国家に返還せよというのではなく、わざわざ天皇に返還せよと王仁三郎が唱えたのは、次のような理由が考えられる。
私有財産を国有化せよと言ってしまうと、共産主義と同類に思われてしまう可能性がある。
当時は、共産主義は暴力革命を主導するテロリズムと思われていたので(実際、暴力革命を世界各地で繰り広げて来た)、大本もテロ集団だと思われないように、表面的な言葉を変えたのではないだろうか。天皇絶対の時代であるから、当局や世間に受けがいいように、「国家に」ではなく「天皇に」奉還せよと唱えたのではないかと私は推測する。

大本神諭の「立替え立直し」という言葉も、霊界物語第60巻の「三五神諭」では「天の岩戸開き」に言い換えているし、社会からバッシングを受けないように、いろいろ言葉遣いに配慮しているのである。
あるいはまた、「国家に」と「天皇に」では意味合いが異なるのかも知れないが、よく分からないので今はこれ以上追求しないでおく。 (→第12回で追求した)

王仁三郎は共産主義と同類に思われないよう配慮して「天皇に」と言ったのだと思うが、私有財産を否定していることには違いはない。そのためやはり当局やマスコミなどからバッシングを受けていた。

王仁三郎は大正9年8月に行った古事記の言霊解の講演の中で、次のように説明している。

(略)皇道大本が精神的大家族制度を唱えると、新聞紙や社会主義者やその他官憲がこれを共産主義と看做(みな)したり財産平均論(注・明治15年に原田潜が唱えた思想)と考え違いをしておるのであります。皇道大本で唱うるところは、決して財産平均論ではない。本(もと)を索(たず)ねて行くと一つであるから、互いに助けて行かなければならぬ。みな親子兄弟であるから君臣一致、あるいは四海同胞、みなその志を等しうして行くという大家族制度であります。この大家族制度を共産主義と見たり、あるいは財産平均論と看做(みな)すのは、みな物質に固まっておるからである。
(略)
また私有財産云々ということについては、その筋(注・警察等)から注意がありましたが、これも世間の誤解からであります。決して私有財産を云々するのではない。現在はあまりに彼我(ひが)の程度に差異がある。一方には無茶苦茶に贅沢をして、妾宅(しょうたく)(注・妾の家)を構え、栄耀栄華をたくましうしているのに、一方では一碗の飯も満足に得られない者さえある。祖先は一つでみな兄弟であるのに、かくの如くであっては、精神的大家族制度とはいわれない。自分の衣食住にさえ差し支えなければそれでよいのである。
〔『出口王仁三郎全集』【皇典と現代〔一〇〕天若日子之段

ここで王仁三郎は、私有財産制そのものを問題にしているのではなく、貧富の格差とか、富の独占ということを問題にしている。
だがそれらの問題は結局、私有財産制から生じているのである。

(続く)



(このシリーズは「霊界物語スーパーメールマガジン」令和2年(2020年)8月24日号から12月28日号にかけて25回連載した文章に加筆訂正したものです)