世界大家族制とベーシックインカム(3)大本大家族制度

投稿:2022年07月12日

出口王仁三郎は「世界大家族制」を提唱したが、前回(第2回)書いたように、具体的にどのようなことが大家族制なのかよく分からない。
それで、共同生活を営むという意味での大家族制ではないのかと推測した。

当時の機関誌を調べてみると、昭和9年(1934年)頃から「大家族主義」という言葉を使い、盛んに気炎を挙げているが、やはり具体的なことは書いていない。

国民は天皇の赤子(せきし)であるという、当時世間で説かれていた精神論的な家族国家観に乗っかっているんだろうと思うが、さすがに王仁三郎は、そんな世間一般的な意味だけで使っているのではないと思う。

たとえば「皇道」という言葉も、当時一般的に使われていた言葉である。「天皇が行う政道」〔広辞苑〕という意味だが、それを王仁三郎は、皇道とは「惟神の道」であるとか「統べる道(統一の道)」であるとか説いて、天皇親政的なことを超えた意味を与えている。
第二次大戦後には、戦前発表した自分の文章の「皇道」という言葉を「人類愛善」に置き換えて発表している。GHQ対策で皇国史観ぽい言葉を廃したのだろう。しかし王仁三郎にとっては「皇道」も「人類愛善」も同じような意味であるから、置き換えたのだ。その時代にふさわしい言葉を用いているのであって、その中味には変わりはないのである。

大家族制とか大家族主義という言葉も、そういう言葉が社会に受け入れられそうだから、使ったのだと思う。
特に昭和8年12月23日に皇太子(平成天皇、今の上皇陛下)が生まれているので、そのことと、昭和9年以降に「大家族主義」という言葉を盛んに使い出したこととは、何か関係があるのではないかと思う。

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さて、前回は──王仁三郎が説く世界大家族制とは人類が共同生活を営むことであって、それを政策に落とし込めばベーシックインカムということになる──という推測を書いた。今回はその裏付けとして、世界大家族制(大正維新論=皇道維新論)を唱える一年前に、綾部の大本で実施した「大本大家族制度」のことを書く。

王仁三郎は機関誌『神霊界』大正6年(1917年)3月号で、大正維新論を発表し、その中で世界大家族制の実現を訴えた。
その一年前に大本の中において大家族制を実施している。

前回も書いたが、大正5年(1916年)4月22日、王仁三郎は大本の名称を「皇道大本」に改称した。その皇道大本の目的が大正維新(=皇道維新)の実現だ。
その2ヶ月前の2月6日に、「大本大家族制度」を実施している。
『大本七十年史』から引用する。

(略)一九一六(大正五)年になると、皇道大本と改称した。綾部在住の大本役員・信者は、当時出口家関係の一一人をはじめとして総計八九人にのぼっていたが、これらの人々は大本所有の家屋一三ヵ所に分宿し、食事は三食とも大本の食堂に集まって食事をすることになった。いわゆる「大本家族制度」の実施がそれである。それは一九一六(大正五)年の二月六日のことである。ただし、これ以外の人々、たとえば自宅や借家に住んでいた七世帯の人々などは、起居をともにはしなかった。
〔『大本七十年史 上巻』「改称の理由」〕

王仁三郎は綾部で、共同生活を行う宗教的コミューンを作ったのだ。
このコミューンに加わる人は「奉仕者」と呼ばれる。
逆に言うと、聖地で宗教活動に専念する人たちの最低限の衣食住を保証した共同体が、大本大家族制度だと思われる。
「だと思われる」というのは、どのような制度だったのか、はっきりしたことが資料に書いてないので分からないからだ。

この奉仕者の人数は年々増えて行き、昭和10年(1935年)12月8日の第二次大本事件当時は、綾部に194人、亀岡に365人もの人が奉仕していた。(ただし全てが共同生活をしていたのではなく、自宅・借家住まいもいる)〔『大本七十年史 下巻』「本部での動き」〕

第二次大本事件を報道する新聞に次のように書いてある。

現在、綾部の大本総本部と亀岡の天恩郷にゐるいはゆる奉仕者は三百五十余名で、奉仕者になれば一ケ月三円の手当が支給される、奉仕者は大部分全国各地から集つた大本信者であるが、月に三円でどうして生活してゐるのか外部のものには解けぬ謎である。〔東京日日新聞(現在の毎日新聞)昭和10年12月11日発行の夕刊(日付は12日付)

この時の奉仕者は月3円の手当を貰っていたようだ。
かなり安い金額のようで、どうやって生活しているのか外部の者には分からないと書いてある。
昭和10年当時の3円というのは、現在だといくらくらいの金額なのだろうか。
次のサイトを参考にして調べてみた。
明治・大正・昭和・平成・令和 値段史

白米10kgが、昭和10年は2円40銭、現在は4590円と書いてある。そのレートで計算すると、当時の3円は現在の5740円くらいになる。
また、大卒初任給が当時は73円、現在は21万円と書いてある。そのレートで計算すると、当時の3円は現在の8630円くらいになる。
つまり奉仕者は、現在の価値だと1万円弱というほんのわずかな現金を貰っていたのである。そんな低賃金で生活が出来るはずがない。
しかし最低限の衣食住は無料だろうから、現金の支給が1万円弱でも何とかなったのであろう。
毎日、朝から晩まで大本の宗教活動に専念しているのである。外に遊びに行きたいとは思わないだろうし、贅沢な服を着たいと思うこともないだろう。だから現金が少なくても、何とかなっていたのであろう。
このように最低限の衣食住を保証していたのが大本大家族制度であって、これを世界に拡大させたものが、一年後に発表した「世界大家族制」なのだろうと思う。

それを現代的に言うと、ベーシックインカムという政策になるのだ。

現在、世界で議論されているベーシックインカムは、主に貧困対策という観点から、その導入が検討されているようだ。
しかし世界大家族制という観点から見ると、それが本来家族のあるべき姿であるからそうするのだ、ということになる。
惟神、自然そのままのライフスタイルだ。

一つの家族の中では、働いている人も、働いていない人も、みな最低限の衣食住を保障されている。
多少のお小遣いをあげて、それで足りなければ自分でバイトして稼ぎなさい、というスタイルだ。
まず自分で働いて、それで足りなければお小遣いをあげる、というスタイルではない。
しかし現在の世界のあり方は、後者だ。
「働かざる者食うべからず」で、まず自分で働きなさい、それでもし収入が少なければ国が援助してやるよ(社会保障)というスタイルだ。
これは本来人類社会があるべき姿とは逆様なのだ。
大本神諭に「天地が逆様じゃぞよ」というフレーズがたびたび出て来るが、こんなところも逆様になっているのである。

現在は個人主義・私有財産制であり、能力のある者はどんどん金持ちになり、能力のない者はどんどん貧しくなって行くシステムである。
「チャンスは平等にある」のだとしても、最初から能力のない人間は大勢いる。チャンスがあっても能力がないので、それをものに出来ない。だから経済格差は開く一方だ。
しかし貧富の格差があること自体が問題なのではない。
食えない人がいることが問題なのだ。
まずはベーシックインカムによって全ての人間の最低限の生活を保障し、その上で、働いて収入を得てプラスしていくというスタイルが、家族としてのあるべき姿ではないか。
能力主義社会で落ちこぼれた経済的負け組を救済する、という考えではなく、最初の経済的土台を平等にして、そこに各自が働いてプラスして行く、という考えだ。言い換えると、基本給に能力給をプラスして行くという考えである。

商才がある人は、どんどん稼いで金持ちになればいいのだ。
それが神様から与えられた才能なのだから、その才能を花開かすべきだ。

王仁三郎は「世界大家族制は共産主義とは違う」と説いている。共産主義の計画経済だと、人間各自の才能を押し込めてしまいがちである。
人それぞれいろいろな能力を持っている。それが「個性」というものだ。
各自が持ついろいろな個性を花開かせた結果、いろいろな面での格差が開くことは何も問題ではない。
経済に格差が生じたり、スポーツの成績に格差が生じたり、仕事の技術に格差が生じたり、それがあるべき姿である。
そうやって各自の才能が開いた世界こそ、三千世界一度に開く梅の花であり、神様が望む世界であろう。
しかしそれはメシが食えた上での話だ。
よくよく考えてみると、生活が保障されていない社会というのはとても恐ろしい。
メシが食えなくなるという不安・恐怖があるから、お金に隷属してしまうのである。

(続く)



(このシリーズは「霊界物語スーパーメールマガジン」令和2年(2020年)8月24日号から12月28日号にかけて25回連載した文章に加筆訂正したものです)