三鏡解説027 見直し聞き直しと嗅ぎ直し

投稿:2020年09月28日

●水鏡「見直し聞き直しと嗅ぎ直し」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg027

 三五教(あなないきょう)の宣伝歌にも、見直し聞き直し、ということは出ているが、嗅ぎ直しということは出ておらぬ。元来、鼻は素盞嗚尊(すさのおのみこと)であるから詔(の)り直しがないのである。

 匂いで嫌になったのは取り返しがつかぬもので、どんな美人でも嫌な臭いを嗅がされたが最後、再び逢う気はしないものである。容貌(きりょう)が悪いのや、声の悪いのはだんだんと見慣れ、聞き慣れて来ると、またよくなって来るものである。

 即ち、見直し聞き直しはあるが、嗅ぎ直しということはない所以(ゆえん)である。

 だから各自が人中(ひとなか)に出るときはこの点十分注意を要する。

初出:『神の国』大正15年(1926年)9月号

最初に「三五教の宣伝歌にも、見直し聞き直し」云々とありましたが、それは「基本宣伝歌」の歌詞のことです。
霊界物語第1巻の冒頭に掲げられています。
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm010002

その最後の方に
「ただ何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣り直せ」
という文言があります。

見直したり聞直したりすることはあっても、嗅ぎ直しをすることはないというわけです。

「鼻は素盞嗚尊であるから」というのは、記紀神話でスサノオが鼻から成った神だということを指しています。
イザナギが黄泉の国から地上に戻り、禊をした時に諸々の神が誕生しましたが、その最後に生まれた三貴神のうち、アマテラスはイザナギが左目を洗った時に生まれ、ツキヨミは右目を洗った時に生まれ、スサノオは鼻を洗った時に誕生しました。だからスサノオは鼻だ、というわけです。

スサノオと鼻については、次のような教示もあります。

●水鏡「素盞嗚尊と鼻」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg042

 素盞嗚尊は鼻になりませる神様である。鼻は言霊学上、「始めて成る」の意である。

 物の端(はし)をハナという。初発(しょっぱつ)のことをハナという。植物に咲く花も木のハナに咲くからハナと言うのである。

 私は鼻がよく利く。臭い香(にお)いのするものは好かない。宣り直し、見直しはあっても嗅ぎ直しということはない。

●玉鏡「鼻の世の中」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg600

 今までは口と筆の世の中であったが、もはや鼻の世の中になった。神素盞嗚の大神様の御活動期に入ったのである。

 尖端を行くという言葉が流行するが、尖端は即ち顔の中で一番高いハナの意味であって、素尊(すそん)(注・素盞嗚尊のこと)は鼻に成りませる神様である。

 おしゃべりを止めて、よく嗅ぎわける世の中、先方の鼻息を考える世の中、鼻高が鼻を低うする世の中、高い鼻が削られて目がつく世の中になるのである。

 昔から「目鼻がつく」ということわざがあるが、これから鼻がつく世の中になるのである。目がつくというのは人々の心の目があく世の中を言うので、目鼻がついた世、即ちミロクの世の中である。鼻はまた進歩発展の意を表す。

スサノオは物事の先端を行く神であり、物事を進歩発展させて行く神であるのです。

スサノオがミロクの世を創るミロクの大神だということも納得できます。


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