三鏡解説017 艮の金神様

投稿:2020年09月14日

●水鏡「艮の金神様」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg017

 艮(うしとら)という字にはハジメ、カタマル、ナガシ、トドメ等の意味がある。世をハジメ、カタメ、トドメをさす神様である。

 金神(こんじん)の金は金剛力であり、また金は総ての物を清浄にするものである。お守りの袋に金襴(きんらん)を用いたり、神様のことに錦(にしき)や、金を使用するのはこの理によるのである。

 即ち、金神は至清至粋の金剛力を有する神の謂いである。世を始め、世を固め、艮(とどめ)を刺す至清至純の金剛力を持った神様が艮の金神様である。

初出:『神の国』大正15年(1926年)6月号

「艮の金神」という神名の意味を説いていますが、入蒙記第2章「神示の経綸」に、もう少し詳しく書いてあります。
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rmnm02&mky=a137-a145#a137

艮といえば東北を意味し、神典(注・古事記のことか?)にては日の若宮の方位であり、万物発生の根源であって、太陽の昇り玉う方位であります。

また艮という字義は、艮(とど)めとなり初めとなり固めとなり永(なが)しとなり、世の終りの世の初まりの意味となります。

金神という意味は売卜者(ばいぼくしゃ)(注・占いを商売とする者)の云っている方除(ほうよ)けをせられたり、祟り神として排斥せられているような、人間の仮りに造った神の意味ではなく、尊厳無比 金剛不壊の意味を有し、三界をして黄金世界に完成し玉う救いの神という、約(つづま)り言葉(注・短くした言葉)であります。

王仁三郎は、「艮」という文字には、始め、とどめ(終わり)、固め、永し、という意味があると言うのですが、辞書を引いても、そんなことは書いてありません。

手元の『漢字源』(学研)には「艮」の意味として、

①周易の八卦(ハッカ)の一つ。また、六十四卦の一つ。艮下艮上(ゴンカゴンショウ)の形で、陽が上をさえぎり、陰が下にたまって動きのとれない姿を示す。
②うしとら。十二支を配当した方位・時刻の一つ。方角では東北、時刻では午前二時から四時にあてる。丑寅。
③とまって動かない。おしが強い。強情な。

と書いてあります。
とうてい「始め」とか「終わり」とかいう意味に解することは出来ません。

読み方も、訓読みは「うしとら」、音読みは「コン」または「ゴン」であり、入蒙記に書いてあったような「艮め(とどめ)」という読み方はありません。

広辞苑でも似たような意味です。

昔は違う意味もあったのかなと思って戦前の漢和辞典を調べてみました。
三省堂編輯所・編『漢和大字典』(大正4年)には「艮」の意味が次のように書いてあります。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936282/635 (国立国会図書館デジタルコレクション)

一 易の卦の名 艮下艮上
二 うしとら。
 (い)東北。
 (ろ)午前二時より同四時までの時刻。
三 とどまる、(止)、又、かぎる、(限)。
四 かたし。
 (い)堅し。
 (ろ)難し。

現代の『漢字源』と似たようなものですが、四番目の「かたし」だけは、王仁三郎が言う「固め(カタマル)」と一致します。

三番目の「とどまる(止まる)」は、「とどめ(終わり)」と似ています。
上田万年、松井簡治・著『大日本国語辞典』(大正6年、金港堂書籍)に、「とどめ」の意味として「とどむること。さしとむること。抑止すること」と書いてあるので、これも一致していると考えてよいと思います。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/954647/530 (国立国会図書館デジタルコレクション)

しかし「始め」に対する「終わり」という意味ではありません。

それに「始め」とか「永し」という意味は、どう調べても見つかりません。
どうやら国語的・漢字的な意味ではないようです。

「艮」はもともと易の卦(け)の名称だというので、そちらも調べてみました。
「艮為山(ゴンイサン)」と呼びます。
戦前発行された、高島易断研究会・著『易の神秘』(昭和13年、大洋社)p171~174
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1056519/102
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1056519/103
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1056519/104
(国立国会図書館デジタルコレクション)

やはり、「始め」「終わり」という意味はなさそうです。
「止(とど)まるに宜(よろし)く進(すすむ)に損あり」と書いてあるので、物事の「終わり」にはいいかも知れませんが、物事を「始める」には適していないようです。

ということで、一般的にはそういった意味はないようなので、特殊な、宗教的な思想のようです。

大本神諭には「艮」と書いて「とどめ」と読ませる箇所が多数あります。
たとえば、

「綾部の大本は、艮めであるから、今までの真似は出来んから」〔『大本神諭』明治35年旧6月3日〕
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=os197

「今度は天晴れと表になりて、三千世界の艮めを刺すのであるぞよ」〔『大本神諭』大正元年旧7月30日〕
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=os235

「どんな苦労も致してこの方に付いて来る身魂でないと、の御用には使わんぞよ」〔『大本神諭』大正5年旧5月18日〕
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=os256

というようにです。
出口直が書いた「筆先」は平仮名と漢数字だけで書いてあり、それに漢字を当てはめて「大本神諭」として発表したのは王仁三郎です。
ですから、王仁三郎が「とどめ」という言葉に「艮」という文字を当てたのです。

それは一体何故なのか?
王仁三郎のオリジナルなものなのか?
それとも、それ以前から「艮」を「始め」「終わり」とする思想があったのか?

その辺りははっきりとは分かりません。
推測ですが、二つあります。

一つは、筆先で、三千世界のトドメを刺すのは艮の金神であるとされているので、艮をトドメと読ませた、ということです。
そしてまた艮の金神は、この世を造った根本の神様だとされているので、艮にハジメという意味を与えた、ということです。
つまり大本神話によって「艮」という文字に新しい意味を与えたのだ──というのが一つ目の推測です。

二つ目の推測は、二十四節気と二十四方位を当てはめた場合、艮は立春に当たり、立春は年の始まりであり、年の終わりでもあるので、ハジメ・トドメという意味を与えた──というものです。

一年で一番日の短い冬至を北に、一番日の長い夏至を南とした場合、立春は艮(東北)に当たります。

↓こちらにどなたかが作られた図があるのでごらん下さい。
http://china-fusui.sakura.ne.jp/official/wp-content/uploads/imgs/1/8/18e5487c.bmp

二十四節気
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%8D%81%E5%9B%9B%E7%AF%80%E6%B0%97
二十四山(二十四方位)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%8D%81%E5%9B%9B%E5%B1%B1

五六七の世の暦は立春が元日です。
一年の始まりは一年の終わりでもあります。
そのようなところから、「艮」は始めであり終わりであるとする考えが出て来たのかも知れません。

五六七の世の暦(十ヶ月暦)はこちらをお読み下さい。↓
●ミロクの世の暦「十ケ月暦」の謎
https://iizukahiroaki.com/?p=620
●「恒天暦」とは?
https://iizukahiroaki.com/?p=626

なお、「永し」については全く分かりませんでした。真の神は生き通しですから、永遠無窮ということでしょうか?

入蒙記に「艮といえば(略)日の若宮の方位であり、万物発生の根源であって、太陽の昇り玉う方位であります」とありましたが、これもよく分かりません。おそらく神道界にそのような思想があるのだと思います。
日本書紀では日の若宮は「日之少宮」と表記されてますが、釈日本紀や日本書紀纂疏に、日之少宮は艮の方位にある、ということが記されており、そのあたりが出所だと思います。
これについてはまた後でゆっくり調べたいと思います。
(参考)
神道史研究 – Googleブックス
国史大系第7巻 釈日本紀巻六 p596 7行目 – 国立国会図書館デジタルコレクション
慈性日記 第2巻 p268 5行目 – Googleブックス


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