三鏡解説015 道楽は一つの宗教である

投稿:2020年09月12日

●水鏡「道楽は一つの宗教である」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg015

 世に道楽なるものがある。女道楽、芝居道楽、酒道楽、骨董道楽、碁道楽、将棋道楽、曰く何、曰く何、と。

 そもそもこの道楽なるものはみな彼らの宗教である。かるが故に他を容れる余地がない。

 こういう連中に向かって宗教を説き、かかる道楽を持つ人を真の道に導くことはなかなか至難の業である。各自好きな道楽で充たされているから、……。

初出:『神の国』大正15年(1926年)6月号

ここで言う道楽とは、この世的な楽しみ、という意味だと思います。
物質的な楽しみ、快楽です。

趣味で毎日が充実している…今ドキの言葉で言うと「リア充」というやつです。

どのようなことであれ、熱中できることがあって、人生が充実しているのであれば、宗教なんぞに興味を持つことはないでしょう。

しかし物質的なことに依存した人生だと、それが無くなった時に、挫折感とか虚無感、孤独感に襲われることになります。
人生が淋しいと思うようになるのです。

「女道楽、芝居道楽、酒道楽、骨董道楽」と書いてましたが、それらは基本的にお金ですね。お金が無くなったらその道楽にふけることは出来ません。

「碁道楽、将棋道楽」はお金が無くても出来ますが、打つ相手がいなかったり、碁盤など道具がないと出来ません。

アイドルや歌手に熱中している人は、その人が引退したら熱が冷めます。

会社人間は倒産やリストラになったら何をして生きていいのか分からなくなり、子供だけが生き甲斐だなんて言っている親は子供が死んだらその人の人生も終わりです。

自分の外にあるもの、物質的な宝に、熱中・依存している人は、いつかその宝が消え去った時に、それまでの人生が蜃気楼だったことに気がつくことになります。

形あるものは全て滅びます。

形のないもの、目に見えないもの──神に目を向けさせるのが宗教の役目です。

神を人生の力杖とした時に、始めて永遠の生命が得られます。


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