三鏡解説007 霊界物語は最後の審判書なり

投稿:2020年09月06日

●水鏡「霊界物語は最後の審判書なり」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg007

 キリストは、最後の審判を為すために再臨すると云ったが、彼の最後の審判というのは、火洗礼を施す事の謂いである。彼は火洗礼を施さんとして、その偉業が中途にして挫折したため、再び来って火の洗礼を完成せんと欲したのである。

 火洗礼とは、人間を霊的に救済する事であるという事は、既に我が弟子達の周知の事である。

 最後の審判は、閻魔大王が罪人を審(さば)くと同様なる形式において行わるると考えている人が多いようだが、それは違う。天国に入り得るものと、地獄に陥落するものとの標準を示される事である。この標準を示されて後、各自はその自由意志によって、自ら選んで天国に入り、あるいは自ら進んで地獄におつる。そは各自の意志想念の如何(いかん)によるのである。

 標準とは何か。霊界物語によって示されつつある神示そのものである。故に最後の審判は、大正十年十月より、既に開かれているのである。

 バイブルに「また天国の、この福音を万民に、証(あかし)せんために、あまねく天下に宣べ伝えられん。然る後、末期(おわり)いたるべし」とある如く、大正十二年より、支那、朝鮮の順序を経て、今や全世界にこの福音が宣べ伝えられつつあるではないか。

初出:『神の国』大正14年(1925年)10月号

火洗礼というのは001「火の洗礼と水の洗礼」006「我はキリストの再来に非ず」にも出てきました。火=霊、水=体で、つまり霊的洗礼、霊的救済のことです。

「火の洗礼」「水の洗礼」も「最後の審判」も、本来はキリスト教の用語です。
明治以降日本にもキリスト教が広まりましたが、大本神諭に出る「立替え立直し」という概念を、キリスト教の終末論と結びつけて考える人たちがいました。
それで王仁三郎は、キリスト教の思想を用いて、「霊界物語は最後の審判書なり」と教えたのだと思います。

最後の審判というのは、世界の終末の時に救世主(イエス・キリスト)が再臨して、死者を甦らせ、裁きを行い、善人には永遠の生命が与えられ、悪人は地獄に堕とされるという思想です。

日本の仏教的な思想では、死んだらすぐに閻魔大王に裁かれるのですが、キリスト教では死んですぐ裁かれるのではないのです。終末の日まで神のもとで眠っており(諸説あり)、世の終末の時に甦って「最後の審判」を受けるのです。
その最後の審判の時には、閻魔大王が裁くのと同じような形で裁かれると思っている人が多いが、そうではない──と冒頭の水鏡に書いてありました。
もちろん欧米には閻魔大王なんていませんが、日本には閻魔大王という伝統的な信仰があったので、日本のキリスト教徒は(もともと仏教徒ですから)、閻魔大王が裁くのと同じような感じで、つまり生前の行いの善悪によって裁かれるのだ、というふうに思ったのではないでしょうか。

王仁三郎の教えでは、最後の審判とは、天国に行く者と地獄に行く者の「標準」を示すことです。
行為の善悪で裁くのではなく、天国行き・地獄行きの境目となる基準を示し、あとは各自が自由意志によって自ら選んで天国なり地獄なりに行くのです。

それは、霊界は想念の世界だからです。
行為の善悪の基準は、時代や地域によって大きな違いがあります。普遍的なものではありません。人の行為を制約する戒律というものは、普遍的なものではないのです。戒律を破ったから地獄に落ちるというやり方は、普遍的に通用しません。イスラム教の戒律はキリスト教徒にとって何の関係もありません。戒律というものは宇宙の真理とは異なるものであり、その時代・地域の人間を治めるための単なる法律的なものに過ぎません。

普遍的に通用するものは、想念です。
古代人も現代人も、東洋人も西洋人も、天国に行く人の想念は同じです。地獄に行く人の想念も同じです。ついでに言うと宇宙人だって同じはずです。
その想念上の善悪の「標準」を示すことが「最後の審判」なのだと王仁三郎は言っているのです。
誰かが裁くのではなく、自分の想念に従い、自分で勝手に、自分の好きな世界へ進んで行くのです。

霊界物語によって、その標準が示された、それがいわゆる最後の審判だということです。
大正10年10月というのは、霊界物語の口述を開始した月です。このときから最後の審判が始まったということになります。
大正12年(1923年)から海外にも伝えられるようになったと書いてありますが、それは人類愛善会などで世界宣教を開始したからです。

それから百年ほど経ちますが、霊界物語はまだまだ世界に広まったとは言い難いです。日本でさえ広まっていません。未だに「宣べ伝えられつつある」状態です。
しかしデジタル化してインターネットで読むことができるようになったことで、ある程度、広まるための基盤は整ったと思います。


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この記事は『霊界物語スーパーメールマガジン』2019年6月20日号の記事に加筆訂正したものです。(メルマガ登録ページはここをクリック