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三鏡解説031 太陽を招び返した清盛

Published / by 飯塚弘明
投稿:2020年10月03日

●水鏡「太陽を招(よ)び返した清盛」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg031

 天地万物、総て進展するばかりであって後戻り、仕直しということはない。花がまずく咲いたから、咲き直しをやるということはない。

 それだのに人間は物を造っても気に入らぬとすぐに壊してやり直しをする。

 字が下手に書けたと言うては書き直しをするが、そうした場合、前に使った時間は全く無駄になってしまう。即ち太陽を招(よ)び返したと同じわけになる。

 昔、平の清盛は太陽を招び返した罪によりて、大変な熱病を煩って死んだと言われている。清盛の真似をやっていて物事思うように行こうはずがない。

 私は字を書いても、絵を描いても、文章を作っても、楽焼(らくやき)をやっても、仕直しということをしたことがない。天地自然の運行に逆ってやった仕事に、ろくなことはない。

初出:『神の国』大正15年(1926年)9月号

ここでは四大(しだい)主義の一つ、進展主義を教えています。

他のところで王仁三郎は、次のように説いています。

●出口王仁三郎著作集第3巻 天地の運行に並行して進め
初出:『瑞祥新聞』昭和9年(1934年)10月1日号
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B195303c234

 皇道大本の四大主義の一つに進展主義というのがあるが、この進展主義は何事にかかわらず、着手した場合は一歩も半歩も後へはしりぞかぬ、ただ前進あるのみである。吾人は入教以後三十余年間、進展主義で一貫してきたのである。漢聖(注・中国の聖人の意か?)の教えのごとく、三歩進めば一歩しりぞいて考えよというような退嬰主義をとることは、皇道の一大禁物である。

 ゆえに私は旅行するときでも、いったん家の敷居を越した以上は、なにほど必要な大切な品を忘れたことに気がついても、けっして一足たりとも、後へもどって持っていくということはしないのである。

 たとえば、原稿を書いても、けっして後で筆を入れたり書き改めたりしない。また一字も直さないという主義である。ゆえに私の原稿にかぎって、訂正の箇所はこしらえてないのである。文章が少々拙劣でも卑近でも、いったん筆に出したものを没にするのは進展主義の神則にもとり、時間の損害となるのを惜しむからである。光陰は矢のごとく、一度去りてはふたたび帰らず、一日ふたたび晨(あした)なり難しということがあるから、たとえ一秒時間といえども、無益につかっては天地の神へ申しわけないからである。

 こうして時々刻々を貴重に働いてゆけば、いかなる遠路といえども少しの疲労もなく、天地の運行循環とともに並行して、比較的容易に大事業を遂行しうるものである。かくして油断なく活動するときは、世間の人が十年の日子を要して成功することも、一年または二年の短日月にて成功することができるのである。なにほど急速力で事業を進めても、中途にやすみ後もどりしては、なんにもならないのである。

たしかに、やったことのやり直しをしなければ時間を有効に使えますね。忘れ物を取りに家に帰るなんて、全く時間の無駄です。

しかし王仁三郎が言いたいことは、単に、時間を有効に使えということではないと思います。
天地自然の運行に従うということは、つまり惟神のまにまに進んで行く、ということです。

自分がミスをしたと思っても、そのまま進んで行けば、そこに新たな展開が広がります。
たとえば外出時に忘れ物をしても、その大切な何かを持って行くことを忘れたことによって、その先の未来が変化するわけです。忘れ物をしたことで、誰かが代わりの物を貸してくれて、その借り物の方が自分の物より良かった、なんてこともあり得ます。それが結果的には、惟神ということになるのです。

大本の歴史で言うと、次のような例があります。明治32年(1899年)7月に、祭典を行うため業者に提灯を注文しました。九曜紋(綾部藩主の九鬼家の家紋と同じ)で注文したところ、なぜか十曜紋で作られ納品されました。この時、「九曜の紋を一つふやしたのは都合のあることざぞよ」と筆先(神示)が出て、これによって大本の神紋が十曜紋に決まりました。
●大本七十年史 上巻「十曜の神紋」
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B195401c1522

もし、ミスに気づいて作り直していたら、この時、十曜の神紋は生まれなかったかも知れません。
人間心で考えて間違いだと思っても、神様から見たら、それが正しい場合もあるのです。

だからと言って、やり直しをしてはいけないとは、私は思いません。
それは、神と人間は違うからです。
神には失敗はないかも知れませんが、人間に失敗はあるのです。
このブログの文章だって、何度も何度も書き直しています。推敲を重ねることで、より良いものに仕上げているのです。

冒頭の水鏡「太陽を招び返した清盛」の話に戻ります。
平清盛が「太陽を招び返した」というのは、「日招(ひまね)き」伝説と呼ばれています。

広島県呉市に「音戸(おんど)の瀬戸」と呼ばれる海峡があります。本州と倉橋島という島の間にある、幅が80~200メートルの狭い海峡です。
この島はもともと陸続きだったが、平清盛の命令により人力で開削して海峡が造られた、という言い伝えがあります。
工事完成間際で日が暮れようとしたが、平清盛は山の岩の上に立ち、金扇を広げて「かえせ、もどせ」と叫ぶと、沈もうとしていた日が再び昇り、工事が完成した…というのです。

後に清盛は大病で亡くなりましたが、それは日を招いたことが報いたのだ、という伝説もあります。
自然の法則に逆行することを行った罪です。
(参考)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%B3%E6%88%B8%E3%81%AE%E7%80%AC%E6%88%B8
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E6%B8%85%E7%9B%9B
https://wiki.suikawiki.org/n/%E6%97%A5%E6%8B%9B%E3%81%8D%E4%BC%9D%E8%AA%AC
https://mrs.living.jp/hiroshima/event_leisure/reporter/3779668

王仁三郎は、この清盛の日招き伝説を例に出し、「天地自然の運行に逆ってやった仕事に、ろくなことはない」と言うのですが……
さすがに私たちは清盛のように太陽を逆行させるようなことは出来ませんが、文字を書き直したり、ミスった仕事をやり直したりすることは、日常的によくありますね。
それを、天地自然の運行に逆らっている、などと言われてもちょっと困ります。

やり直しはするな、というのですが、しかしその一方で、宣り直せというのがあります。

基本宣伝歌で「ただ何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣り直せ」と歌われているように、
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm010002
過ちを宣り直すことは勧められています。

この、宣り直せ、ということと、やり直しをするな、ということとは矛盾しているように感じるのですが……。

それは先ほど書いたように、神と人間は違う、と解すればいいと思います。

「花がまずく咲いたから、咲き直しをやるということはない」というのは、それは神様の仕事だからです。
神がやることだから、完全無欠であり、やり直しがないのです。
しかし人間は、神とは違います。不完全であり、未熟です。やることなすこと失敗だらけでも、仕方ありません。
だから、直日に見直し聞き直し、身の過ちは宣り直す必要があるのです。

しかし目指すところは、やり直しをしなくてもいいように、惟神に生きることです。
王仁三郎クラスになると、神レベルですので、文章を書いても絵を描いても、やり直しをしなくていいのでしょう。
私たちも、そのようなレベルを目指すべきです。

「天地自然の運行に逆ってやった仕事に、ろくなことはない」というのは、私も実感しています。
私は若い頃は小説を書いたり作詞作曲をしたり、芸術系の人間だったんですが、ウンウンうなりながら作ったものは、たいしたものは出来ません。素晴らしいものは、あるときふと、天から下りて来るのです。小説にせよ音楽にせよ、良いものはスラスラと書けるのです。湧いて出て来るのです。
芸術系の人は、そういう体験をしたことがある人は多いと思います。

王仁三郎は絵を描く時も、和歌を詠む時も、天から下りて来るまま、つまり惟神のまにまにスラスラと書いて行ったのでしょう。
だから、やり直しをしなくてもいいのです。
私たちもそういう神レベルを目指すべきですが、しかし今現在は失敗だらけの人間レベルです。
ミスがあったら、やり直すことも必要です。

やり直さないという王仁三郎ですが、しかし大正期に書いた霊界物語を、昭和9~10年に校正しています。
「原稿を書いても、けっして後で筆を入れたり書き改めたりしない。また一字も直さないという主義である。ゆえに私の原稿にかぎって、訂正の箇所はこしらえてないのである」な~んてことを言っているクセに、実際には書き直しているのです。

これは一体どういうことかというと、王仁三郎が霊界物語を「書いた」とは言っても、実際には、自分の手で書いたわけではありません。
王仁三郎は口述するだけで、弟子の筆録者がそれを原稿用紙に書き留め、次々と出版して行ったのです。
つまりこの段階では王仁三郎は原稿に目を通していないのです。
筆録者は神ではなく、ただの人間ですから、聞き間違いや書き間違いがあって当然です。
王仁三郎はそれを昭和9~10年に校正したのです。弟子がミスった箇所を宣り直したのです。

やり直しをしない、ということと、身の過ちは宣り直せ、ということの違いは、このように、神レベルと人間レベルの違いだと考えればいいと思います。


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