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三鏡解説014 人は度胸

Published / by 飯塚弘明
投稿:2020年09月11日

●水鏡「人は度胸」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg014

 人は何と言っても度胸が一番だ。一、度胸。二、度胸。三、度胸。四、人物。五、金だ。

 今の人間は、一、金。二、金。三、人物だから何もできはせぬ。

 度胸の確かな人のところには人物が寄る。人物が寄れば金なんかいつでも集まるものである。度胸がなければ仕事はできない。

 学者というものは、多くは書物の研究に耽るだけで割合に度胸というものがないから仕事はできない。

 女は愛嬌、男は度胸だ。男に度胸が大切である如く、女には愛嬌が必要である。およそ男女を問わず、この度胸と愛嬌とが具備していて、しかもそれが円満なる調和を保っていて、利己心さえ無かったら、どんなことだって出来ないことはないのである。

初出:『神の国』大正15年(1926年)4月号

『お金さえあれば何でも出来る』とつい思ってしまいがちですが、お金があって出来ることは消費だけです。

お金を使うことなら誰にでも出来ますが、お金を増やすことは誰にでも出来ることではありません。

営利事業に限らず、慈善事業でも、政治活動でも、宗教活動でも、趣味のサークル活動でも、何らかの事業・活動を営むというのは、社会(人間)に何かを働きかけることです。
そこで一番重要なことは「度胸」だということなのでしょう。

人が怖いと思ったことはありませんか?
私は子供の頃は、対人恐怖気味でした。
内気で、口下手で、友達が一人もいないような子でした。
結局、人が怖かったんだと思います。
こんなことを言うと嫌われるかな、とか。
自分の話をちゃんと聞いてくれるかな、とか。
自分の素顔を知られると恥ずかしいな、とか。
そんなふうに人を怖がっていたのでは、社会に何かを働きかけることなど出来ませんね。
大きな仕事は出来ません。
そういう意味で、度胸が必要です。

どんな災難が降りかかっても決して動じない身魂を持ちたいですが、何事かが起きた時にビクッとするくらいなら問題ないようです。
王仁三郎は信者との座談会の中で、自分でもビクッとすることはあると語っています。「出口氏」は王仁三郎、「速志」は参加者です。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B108500c16

【出口氏】 『(略)ともかく物事に驚かんというだけの度胸が出来ておったらよい。
 どんな人でも一度はハット驚くが、何クソで強くなってくる。ビクッともせんというけれども、そんな事は嘘だ。ワシでもビクッとする。それは人間だから肉体を持っているから誰でも当たり前の事だ。しかしウンと気張ると信念が湧いて出て胴が据わる。そうするとなんでもなくなってくる。こわい事なんかない。びくともしない。本当の信念を造る事が大切だ。どんな事になってもチョットも感じない人間は無神経の人だ。誰でもビクッと一ぺんは来る。それからぐっと気張ればよい。そうすると内流が来るから、よい考えが出て来る。驚かんという事が一番強い。それからいよいよ進展主義になるのだ』

【速志】 『普通の臆病者というのは精神の外部的状態が臆病者になるのですか』

【出口氏】 『そらそうじゃ。本当に神の内流があれば驚かん。肉体が愕然とするのは外流で、肉体においてビックリして殺されても精霊界ではビックリせん。火事の時、家を飛び出したのと同じだ。家が焼けておっても飛んで出さえすれば熱い事はない。しかし家の中におって焼かれておったら熱いにきまっている』

内流というのは神様から流れて来るものです。外流は副守護神から来るものです。要するにビクッとするのは肉体が驚くのであって、内流に満ちていれば霊魂は驚きおののくことはない、ということだと思います。


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