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喜三郎の修業 (1) 目次

Published / by 飯塚弘明
投稿:2020年03月19日

霊界物語の舎身活躍(第37~48巻)は王仁三郎の前半生の自叙伝から始まります。
第37~38の二巻にわたって、明治31年(1898年)から大正5年(1916年)までの思い出が記されています。

王仁三郎がまだ「上田喜三郎」だった26歳、高熊山入山前夜の出来事から、45歳、神島開きの頃までです。

と言っても、ほとんどは明治期です。
これは大本草創期の活動記録でもあります。

この王仁三郎の半生記を「修業」という観点から読んで行こうと思います。

王仁三郎の霊魂の霊格はわれわれと較べようもないほど高いですが、決して、生まれてからすぐ立ち上がり「天上天下唯我独尊」と叫んだわけではありません。
肉体を持った人間・王仁三郎としては、やはりわれわれ凡人と同じように、世間の荒波にもまれ、神様から様々な試練を受けつつ、成長して行ったのです。

王仁三郎が青年期において、どのような修業を神様からさせられていたのかを、霊界物語第37~38巻を通して探って行き、私たちの人生の学びに役立てたいと思います。

●王仁三郎の自叙伝

王仁三郎の前半生を知る資料は、第37~38巻以外にもあります。
断片的ですが、次のものがあります。

第1巻の前半…高熊山修業の様子・霊界探検で目撃した出来事
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0101

第19巻第1章「(謡曲)高熊山」…高熊山入山直前の出来事(松岡神使が現れる)
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm1901

時間順に見ると、大分あちこちの資料に飛んでいます。
まず第37巻第3章から始まり、
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm3703
第5章の真ん中の「…其為めに二月八日の晩にも、若錦一派の襲来を受くる様な事を自ら招来したのである。」の次が、同巻第2章になります。
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm3702

そして次が、先ほどの第5章の真ん中「若錦一派に打擲され、頭を痛めて喜楽亭に潜んで居る処へ…」に繋がります。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm3705#a185

その後は第19巻第1章に繋がり、その後は第1巻の高熊山修業です。

高熊山修業が終わり、下山した後の出来事は、第37巻第6章からになります。

このように、複数の資料をあちこち繋げ合わせて、ようやく王仁三郎の前半生が見えてくるのです。

霊界物語以外にも、やはり断片的ですが、自叙があります。

そのほとんどは『出口王仁三郎著作集 第5巻』の第一部「自叙 野に生きる」にまとめられています。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B195305
(まだ一部分しかテキスト化していません)

この中でも特に「生いたちの記」は読んでおくといいです。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B195305c103

これは原題は「故郷乃二十八年」という随筆で、王仁三郎の幼少時の思い出が記されています。

また『出口王仁三郎著作集 第1巻』に収録されている「本教創世記」にも、王仁三郎の幼少期や、大本草創期の出来事が記されています。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B195301c05

『巨人 出口王仁三郎』や『大地の母』のような伝記によく書かれる「タダアイ事件」は「故郷乃二十八年」に、「久兵衛池事件」は「本教創世記」第1章に記されています。

王仁三郎の前半生を知る資料は、基本的には、本人が書いたこれらの自叙しかありません。
後半生は、大本信者や、マスコミ、治安当局等による資料が星の数ほどありますが、前半生は有名人ではなかったので、本人の自叙しかないのです。

肉体は「天人の養成所」であり、人間は生まれた瞬間から身魂の修業をさせられていますが、このシリーズでは幼少期を省き、神の道を歩み出した高熊山入山前夜からを対象にして話を進めて行きます。

●修業と修行

「しゅぎょう」には「修業」と「修行」の2つの表記があります。
広辞苑によると

修業…学問・技芸などを習いおさめること。

修行…悟りを求めて仏の教えを実践すること。/托鉢をして巡礼すること。/精神をきたえ、学問・技芸などを修めみがくこと。また、そのために諸国をへめぐること。

と書いてあり、国語辞典的意味では、両者の意味は少々異なるようです。
しかし王仁三郎的には、どちらも同じものとして使っていると思われます。特に使い分けている様子はなく、併用されています。

第1巻第1章の章題は「霊山修業」で、本文内でも「修業」が使われていますが、第2章の本文では「修行」が使われています。
また第37巻第8~10章では、同じ章の中で「修業」と「修行」を混用しています。
とても使い分けているようには思えません。

ですから王仁三郎的には修業でも修行でもどちらもいいのですが、霊界物語内でその言葉が使われている数を数えてみると、

修業 275回
修行 206回

というぐあいに、若干「修業」が多いです。
したがって、このシリーズでは「修業」を使いたいと思います。

(続く)


この記事は『霊界物語スーパーメールマガジン』2017年9月21日号の記事に加筆訂正したものです。(メルマガ登録ページはここをクリック