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伝染病と禊

Published / by 飯塚弘明
投稿:2020年03月28日

今日(2020/3/28)は東京で『あらすじで読む霊界物語』の著者4人による講演会が企画されていましたが、今月上旬に中止が決定されました。主催者が新型コロナウイルスの感染を警戒しての判断です。

毎日状況は悪化して行き、とうとう今週末の東京は外出自粛ということになってしまいましたね。上旬の時点で中止にしておいたのは正解だったと思います。
ウイルス渦が収まったら、また講演会を企画していただけるようです。

このような伝染病が流行るのは「霊の仕業」だと王仁三郎は教えています。

霊界物語スーパーメールマガジン』2月6日号に掲載した文章を加筆訂正して、下に載せておきます。


出口王仁三郎・著『玉鏡(たまかがみ)』収録「流行性感冒(かんぼう)」を紹介します。
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg840

流行性感冒とは、インフルエンザのことです。略して「流感」とも呼びます。
今からおよそ100年前、大正7年(1918年)から8年にかけて世界中で流行したインフルエンザは「スペイン風邪」と呼ばれており、甚大な被害をもたらしました。
当時の世界人口が約20億人の時代に、感染者数は数億人、死者数は数千万~1億人と言いますから、人類の5%が死んだわけです。
いわゆる「パンデミック」(伝染病の世界的流行)の元祖です。

 本年(昭和九年)もたいぶ流行性感冒がはやるようであるが、戦争と流行性感冒とはつきものである。あれは霊の仕業である。

 近年満洲事変(注・昭和6年)、上海事件(注・昭和7年)等で多くの戦死者を出したが、それに対して、禊の行事が行われていない。

 禊の行事の大切なる事は霊界物語に詳しく示しておいたが、昔はこの行事が厳格に行われたから、戦争などで沢山の死者があっても地上は時々に清められて、流行性感冒の如き惨害から免がるる事を得たのであるが、今の人たちは霊界の事が一切分からず、禊の行事などのある事をすら知らぬ人たちのみなるが故に、邪気充満して地上は曇りに曇り、濁りに濁り、爛(ただ)れに爛れて、目を開けて見ておられぬ惨状を呈しているのである。

 気の毒にもこうした事情を知らぬ世間の人々は、医師や薬にのみ重きを置いて焦心焦慮しているのであるが、霊より来る病気を体的にのみ解せむとするは愚かである。

 禊の行事の偉大なる効果を知る人は凶事あるごとに常にこれを行うべきである。さすれば一家は常に朗らかで滅多に病気などには罹(かか)らぬものである。

初出:『神の国』昭和9年(1934年)3月号

今世界を大混乱に陥れている新型コロナウイルスは、人工的に作られた生物兵器だという説もありますが、新しいウイルスや菌は人為的でなくても、自然にいくらでも誕生します。

昔であれば、新しい伝染病が発生しても、一つの村が全滅するだけで終焉していたでしょうけど、交通機関の発達によって、たちまち世界中に広まるようになりました。

玉鏡に書いてあったように、このような伝染病が流行るのは「霊の仕業」だと王仁三郎は教えています。
戦争や災害などの死者の、苦しみ、怨み、憎しみというような邪気が充満して地上が曇り、このような伝染病が流行るということなのでしょう。

スペイン風邪が大流行する直前には、第一次世界大戦(1914~18年)がありました。
主に欧州を舞台とした大戦争で、戦死者数は1千万人以上に上ります。
スペイン風邪と呼ばれているので、あたかもスペインが病気の発生源のように思ってしまいますが、全く異なります。
スペイン風邪の発生源は、戦場にならなかった米国の、中央部にあるカンザス州です。
しかし戦時中で情報統制がされていたので報道されず、中立国で情報統制がされていなかったスペインで流行していることが報じられたため、スペイン風邪と呼ばれるようになりました。

近年のパンデミックである、AIDS(1980年代以降)の発生源はアフリカ、SARS(2002~3年)も新型コロナも発生源は中国です。
しかしスペイン風邪のように、霊的には、発生源以外の地域で起きた戦争が関係している可能性もあるわけです。

ではAIDSやSARS、新型コロナはどんな戦争が関係しているのでしょうか?
いやそれは…ちょっと分かりません。人類はいつでも地上のとこかで戦争をしていますからね。
どれか一つ、というわけでもないでしょう。
戦争だけではなく、テロや弾圧や、地震・台風など自然災害も含まれると思います。
浮かばれない霊たちが大勢いるわけで、それによって伝染病が流行するというのです。

それを防ぐには禊(みそぎ)の行事が重要だと王仁三郎は言っています。「凶事あるごとに常にこれを行うべき」と書いてありました。
禊の行事というのは具体的に何を指しているのかよく分かりません。天祥地瑞の第75巻第1章「禊の神事」(著述は昭和8年)に記載してある方法かも知れません。
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm7501

「振魂(ふるたま)」だとか「天の鳥船」だとか「雄健び」だとか、禊の方法がいくつか書いてあります。
禊と言えば神道家の川面凡児(かわつら・ぼんじ、1862~1929年)が有名ですが、天祥地瑞に書いてある方法は、川面凡児が提唱した禊の方法と、おそらく同じものではないかと思われます。
<参考 稜威会公式サイト「行法概要」>
http://www.miizukai.org/misogi/Gyouhougaiyou.html

そういう行法以外に、祭典としての禊もあると思います。
大本で行う節分大祭も、大は宇宙から小は個人に至るまで罪穢れを祓う、一種の禊の神事です。
戦争や災害の死者を弔う慰霊祭のようなものも、一種の禊です。

今回の新型コロナが収束したとしても、今後もパンデミックは時々起こることでしょう。
それに対処していく術を、人類は身に付けて行かなくてはいけません。
王仁三郎が説く禊もそうですが、こういう危機にどう向き合うか、その術です。
政府の対応方法もそうですし、治療法の開発もそうです。
社会として、感染者を差別することなく、どう受け入れて行けばいいのか。
感染を食い止めるためには経済が停滞してもいいという価値観も共有する必要する必要があります。
あるいはまた、病で人が死ぬことは止むを得ない、ウイルスと共存して行こう、という価値観も持つ必要もあるでしょう。

ミロクの世に向かって進んで行くためには、人類が獲得しなくてはいけない文化がたくさんあります。
そういうことを、神様が人類にやらせているのであると思います。
これはミロクの世を創るための一つの試練です。

「ウロー」は讃嘆の声

Published / by 飯塚弘明
投稿:2020年03月07日

霊界物語に頻繁に出る言葉の一つに「ウロー」があります。ウローとは、賛美の声、嬉しいときにあげる歓びの声です。
「万歳」とか「イエーイ」などと似たような使い方をします。

「満座の諸神人はあたかも暗夜に月の出たるがごとく喜び勇み手を拍って祝し、ウローウローと叫ぶその声、天地も破るるばかり勇ましかりける」〔第4巻第37章

「鉄彦親子を始め別室に集まりたる村人は、この歌を聞いて今までとはうって変わり蘇生したる如き面色にて、思わず知らず手を拍ち、ウロー、ウローと叫びながら立ち上がり踊り狂う」〔第10巻第34章

ほとんどは片仮名で「ウロー」と表記されていますが、漢字で書かれている箇所が1ヶ所だけあります。第8巻第26章の章題です。
「讃嘆」という漢字に「ウローウロー」という振り仮名が振ってあります。「讃嘆(さんたん)」とは「ふかく感心してほめること」〔広辞苑〕ですが、つまりウローとはそういう気持ちの時に発する言葉であるのです。

もともとの語源は何なのかは、ちょっとわかりません。

「王仁三郎」をエスペラント語で書くと ONI SAV ULO(オニ サブ ウロー)で、「人々を救う人」つまり救世主というような意味になりますが、このULO(人)なのかも知れません。


この記事は『霊界物語スーパーメールマガジン』2015年6月29日号、2019年5月23日号の記事に加筆訂正したものです。(メルマガ登録ページはここをクリック

夢の種類は6つある

Published / by 飯塚弘明
投稿:2020年03月05日

自分は夢を見ない、という人もいますが、寝ている限り必ず夢は見るそうですよ。
ただ起きた後、覚えていないだけです。

この夢には次の6種類があると王仁三郎は言っています。

神夢(しんむ)
霊夢(れいむ)
実夢(じつむ)
虚夢(きょむ)
雑夢(ざつむ)
悪夢(あくむ)

「出口王仁三郎氏を囲む神霊座談会」より
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B108500c19

神夢というのは、神が姿を現して、あるいは白衣の老人が現れたとか、あるいはワシ(王仁三郎)の姿が現れたとかして、そこで色々の事を教える、というようなのが神夢じゃ。

霊夢というのはもう少しぼんやりしておって、あるいは太陽が出たとか、富士山に登ったとか、あるいは鷹が来たとか、そういうような瑞祥の夢を見る時や。
それを秩序整然と初めから終いまで憶えているのが霊夢や。
しかし霊夢には良いのも悪いのもある。(中略)

悪夢は妙なものにおそわれたりするやつ。

雑夢は木に竹を接(つ)いだようなことで、今亀岡に居るかと思うと東京に居たり、また綾部に居ってみたり、梅の木じゃと思っておったら、牡丹の花が咲いて、下に筍が生えたり、木に竹を接いだようなのを雑夢と言うのじゃ。

それから人の心気が霊に感じて、気分の良い時には霊夢を見る。

雑念のある時には雑夢を見る。

良い夢を見るのは総じて右の肩を下にして、平仮名の「さ」の字になって寝た時には愉快な夢を、左を下にした時には悪夢、仰向けになった時にも、胃腸の弱い時などには悪夢を見る。

(略)
神夢を見るというのはよほど、魂が清浄でなけねばならん。

今年は日の出の夢を見たとか、富士の山を見たとかいうのは霊夢じゃ。

実夢は、どこそこに何が落ちとったというような夢を見て、翌日行ってみると実際にそれがある。

つまり、神夢とは神様が教えてくれる夢、霊夢はそれよりランクが落ちるけど瑞祥の夢、実夢はいわゆる正夢、雑夢はいろいろ雑多な雑念のような夢、悪夢は嫌な夢、ということになります。虚夢に関しては説明がないので不明です。

私が見る夢はたいてい雑夢とか悪夢です。(おそらくほとんどの人はそうだと思いますが)

神夢、霊夢の類はごくたま~に見ます。

王仁三郎が現れた夢は、たしか十年くらい前に一度だけ見たことがあります。
王仁三郎が夢に出てきて、ニッと笑って・・・
それで終わりです。
一体何だったんでしょう???

「さ」の字になって寝れば愉快な夢を見る、と書いてありましたが、これは自分の右腕を腕枕にして、右腹を下にして、足を丸めたポーズで寝ることです。
そういう形で寝るのがよいと王仁三郎は言っております。
●水鏡「寝る時の形」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg207

また、時計の針のようにクルクル回るのが惟神の寝方だと言っております。
●水鏡「惟神の寝方」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg216

一般には「寝相が悪い」と言われる寝方ですが、クルクル回るのが惟神だそうです。
しかしそんな寝方では・・・布団がグチャグチャになっちゃいますね。(^_^;)


この記事は『霊界物語スーパーメールマガジン』2014年1月2日号、2019年6月3日号の記事に加筆訂正したものです。(メルマガ登録ページはここをクリック