カテゴリー別アーカイブ: シリーズ目次

言向和 目次

Published / by 飯塚弘明
投稿:2020年09月02日

三鏡解説 目次

Published / by 飯塚弘明
投稿:2020年09月01日

「三鏡(さんかがみ)」とは出口王仁三郎が弟子たちに語ったことを側近が書き留めた如是我聞集で、『水鏡(みずかがみ)』『月鏡(つきかがみ)』『玉鏡(たまかがみ)』の三冊の総称です。

『水鏡』は249篇、『月鏡』は212篇、『玉鏡』は383篇、計844篇あります。

大正14年(1925年)以降、機関誌『神の国』誌上で発表し、後に単行本にまとめて刊行しました。

霊界物語ネットで全巻読めます。
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg

口語(話し言葉)で書かれた短編のエッセイ(随筆)のようなものなので、霊界物語よりは読みやすいと思います。

とはいえ、専門用語や時代背景などが分かった方が理解しやすいでしょう。

そこで私なりの解説を施して行こうと思います。

霊界物語ネットでは戦前発行された版を底本にしていますので、漢字がいっぱいあって慣れないと読みにくいです。

ここに掲載する三鏡は、漢字を減らし、現代仮名遣いに直し、句読点や改行も適宜修正して、読みやすくしたものを載せます。

タイトルの頭に付いている三桁の番号は通称「鏡番号」で、私が独自に付けた通し番号です。

【目次】

  1. 三鏡解説001 火の洗礼と水の洗礼
  2. 三鏡解説002 無抵抗主義と抵抗主義
  3. 三鏡解説003 神命と実行
  4. 三鏡解説004 恋愛と、恋と、愛
  5. 三鏡解説005 三猿主義は徳川氏の消極政策
  6. 三鏡解説006 我はキリストの再来に非ず
  7. 三鏡解説007 霊界物語は最後の審判書なり
  8. 三鏡解説008 霊界と神霊界
  9. 三鏡解説009 言霊と言語
  10. 三鏡解説010 祈りは天帝にのみ
  11. 三鏡解説011 玉について
  12. 三鏡解説012 抱容力
  13. 三鏡解説013 人を使うこと
  14. 三鏡解説014 人は度胸
  15. 三鏡解説015 道楽は一つの宗教である
  16. 三鏡解説016 天と地
  17. 三鏡解説017 艮の金神様
  18. 三鏡解説018 神、耶、仏すべてを信ず
  19. 三鏡解説019 霊と記念物
  20. 三鏡解説020 私と仕事
  21. 三鏡解説021 碁と将棋は嫌い
  22. 三鏡解説022 小さいタンポポ
  23. 三鏡解説023 毒と薬
  24. 三鏡解説024 和歌と調
  25. 三鏡解説025 悲劇と喜劇
  26. 三鏡解説026 物忘れと無我の境地
  27. 三鏡解説027 見直し聞き直しと嗅ぎ直し
  28. 三鏡解説028 霊体不二
  29. 三鏡解説029 惟神
  30. 三鏡解説030 世の終末と立替え
  31. 三鏡解説031 太陽を招び返した清盛
  32. 三鏡解説032 御手代と国替
  33. 三鏡解説033 高姫と妖幻坊
  34. 三鏡解説034 厳と瑞
  35. 三鏡解説035 天国霊国と花壇
  36. 三鏡解説036 三千年に一度実る桃の実
  37. 三鏡解説037 論語読みの論語知らず
  38. 三鏡解説038 裁、制、断、割
  39. 三鏡解説039 人間の霊魂

三鏡解説に載せた記事の多くは『霊界物語スーパーメールマガジン』2019年6月10日号以降に掲載した記事に加筆訂正したものです。(メルマガ登録ページはここをクリック


喜三郎の修業 (1) 目次

Published / by 飯塚弘明
投稿:2020年03月19日

霊界物語の舎身活躍(第37~48巻)は王仁三郎の前半生の自叙伝から始まります。
第37~38の二巻にわたって、明治31年(1898年)から大正5年(1916年)までの思い出が記されています。

王仁三郎がまだ「上田喜三郎」だった26歳、高熊山入山前夜の出来事から、45歳、神島開きの頃までです。

と言っても、ほとんどは明治期です。
これは大本草創期の活動記録でもあります。

この王仁三郎の半生記を「修業」という観点から読んで行こうと思います。

王仁三郎の霊魂の霊格はわれわれと較べようもないほど高いですが、決して、生まれてからすぐ立ち上がり「天上天下唯我独尊」と叫んだわけではありません。
肉体を持った人間・王仁三郎としては、やはりわれわれ凡人と同じように、世間の荒波にもまれ、神様から様々な試練を受けつつ、成長して行ったのです。

王仁三郎が青年期において、どのような修業を神様からさせられていたのかを、霊界物語第37~38巻を通して探って行き、私たちの人生の学びに役立てたいと思います。

●王仁三郎の自叙伝

王仁三郎の前半生を知る資料は、第37~38巻以外にもあります。
断片的ですが、次のものがあります。

第1巻の前半…高熊山修業の様子・霊界探検で目撃した出来事
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0101

第19巻第1章「(謡曲)高熊山」…高熊山入山直前の出来事(松岡神使が現れる)
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm1901

時間順に見ると、大分あちこちの資料に飛んでいます。
まず第37巻第3章から始まり、
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm3703
第5章の真ん中の「…其為めに二月八日の晩にも、若錦一派の襲来を受くる様な事を自ら招来したのである。」の次が、同巻第2章になります。
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm3702

そして次が、先ほどの第5章の真ん中「若錦一派に打擲され、頭を痛めて喜楽亭に潜んで居る処へ…」に繋がります。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm3705#a185

その後は第19巻第1章に繋がり、その後は第1巻の高熊山修業です。

高熊山修業が終わり、下山した後の出来事は、第37巻第6章からになります。

このように、複数の資料をあちこち繋げ合わせて、ようやく王仁三郎の前半生が見えてくるのです。

霊界物語以外にも、やはり断片的ですが、自叙があります。

そのほとんどは『出口王仁三郎著作集 第5巻』の第一部「自叙 野に生きる」にまとめられています。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B195305
(まだ一部分しかテキスト化していません)

この中でも特に「生いたちの記」は読んでおくといいです。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B195305c103

これは原題は「故郷乃二十八年」という随筆で、王仁三郎の幼少時の思い出が記されています。

また『出口王仁三郎著作集 第1巻』に収録されている「本教創世記」にも、王仁三郎の幼少期や、大本草創期の出来事が記されています。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B195301c05

『巨人 出口王仁三郎』や『大地の母』のような伝記によく書かれる「タダアイ事件」は「故郷乃二十八年」に、「久兵衛池事件」は「本教創世記」第1章に記されています。

王仁三郎の前半生を知る資料は、基本的には、本人が書いたこれらの自叙しかありません。
後半生は、大本信者や、マスコミ、治安当局等による資料が星の数ほどありますが、前半生は有名人ではなかったので、本人の自叙しかないのです。

肉体は「天人の養成所」であり、人間は生まれた瞬間から身魂の修業をさせられていますが、このシリーズでは幼少期を省き、神の道を歩み出した高熊山入山前夜からを対象にして話を進めて行きます。

●修業と修行

「しゅぎょう」には「修業」と「修行」の2つの表記があります。
広辞苑によると

修業…学問・技芸などを習いおさめること。

修行…悟りを求めて仏の教えを実践すること。/托鉢をして巡礼すること。/精神をきたえ、学問・技芸などを修めみがくこと。また、そのために諸国をへめぐること。

と書いてあり、国語辞典的意味では、両者の意味は少々異なるようです。
しかし王仁三郎的には、どちらも同じものとして使っていると思われます。特に使い分けている様子はなく、併用されています。

第1巻第1章の章題は「霊山修業」で、本文内でも「修業」が使われていますが、第2章の本文では「修行」が使われています。
また第37巻第8~10章では、同じ章の中で「修業」と「修行」を混用しています。
とても使い分けているようには思えません。

ですから王仁三郎的には修業でも修行でもどちらもいいのですが、霊界物語内でその言葉が使われている数を数えてみると、

修業 275回
修行 206回

というぐあいに、若干「修業」が多いです。
したがって、このシリーズでは「修業」を使いたいと思います。

(続く)


この記事は『霊界物語スーパーメールマガジン』2017年9月21日号の記事に加筆訂正したものです。(メルマガ登録ページはここをクリック