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PTCシリーズの第2弾が発売!2023年9月18日

Published / by 飯塚弘明
投稿:2023年09月19日

5月発売予定と予告したのに4ヶ月も遅れてしまいましたが、ようやく、PTCシリーズの第2弾が発売されました。

PTC② 出口王仁三郎の霊界物語で透見する世界現象 T之巻 ──霊界物語に予言されていたドナルド・トランプ/崩壊しつつあるグローバル経済は「12」のブロック経済へ変わる/世界を統一する「悪の御用」』

https://amzn.to/3LsImCI

【目次】

  • 第三部 常世会議とドナルド・トランプ
    • 第一章 アメリカ分断の予言
      • アメリカで〝維新〟が起きる
      • 二つに分断するアメリカの姿が霊界物語に予言されていた
      • 二つの国魂が主権を争い国土が南北に分断される
      • 三つの山は常世の国の三つの側面を表す
      • 連邦議会議事堂襲撃事件と南北分国
      • ケンカするより別れた方がお互いのため
    • 第二章 予言されていたトランプ大統領
      • 常世会議とトランプ大統領
      • 大江山はアメリカにある
      • 赤ら顔で無鉄砲な爆裂弾男
      • 世界主義から自国第一主義への方向転換
      • フェイクでアメリカは大混乱
      • キツネに化かされ続けた常世会議
      • 白狐隊の姿が見えて来た
      • それまでのプーチンとは異なるシン・プーチン
      • 常世会議はまだ終わっていない
      • アセンションの年に「シン・プーチン」が誕生した
    • 第三章 予言されていたQアノン
      • アメリカを揺るがすカルト宗教「Qアノン」
      • 乗っ取られた匿名掲示板にQが降臨した
      • Qの背後にロシアと中国の影
      • 大道別と八島姫の「巴形の斑紋」は現代に現れているか?
      • 三つ巴とトリスケリオン──回転する三本の脚
      • 巴紋はウロボロスだった
      • 現代アメリカに現れたウロボロス
  • 第四部 天産自給とグローバリズム
    • 第一章 天産自給とは何か
      • 「天産自給」の意味
      • 人類社会はもともと天産自給だった
      • 天産自給の類似思想(地産地消/地消地産/食料安全保障/スローフード/フードマイレージ/国消国産/身土不二)
      • 竹村健一による「天産自給」評論
      • テクノロジーをさらに発達させた先に五六七の世がある
      • 天産自給の原則と例外
    • 第二章 12の天産自給ブロック
      • 世界は12の天産自給ブロックに再編される
      • 宇宙のルーツは地球だった
      • グローバル経済では世界は沈没してしまう
      • 大本神諭にあらわれた天産自給思想
      • 王仁三郎の時代は経済大混乱の時代
      • 天産自給はエコ社会を促進する
      • 天産自給とは、自分らしく生きること
      • 天産自給とは、惟神に生きること
    • 第三章 グローバリズムからの転換
      • 世界を席巻する「グローバリズム」と「新自由主義」
      • 自由は絶対正義ではない
      • 自由主義社会は弱肉強食社会
      • グローバリズムは隔壁の無い船と同じ
      • PTCがグローバリズムを打ち砕く
    • 第四章 地政学と天産自給
      • 地政学は天産自給と親和性がある
      • ロシアを地政学が支えている
      • プーチンが信奉する疑似科学「激情の理論」とは?
      • 天産自給を実現する国魂学
  • 第五部 悪の御用と世界統一
    • 第一章 悪の御用
      • 人の次元の善悪と、神の次元の善悪
      • 二種類ある悪の御用
      • 霊界物語の最凶悪党・高姫に与えられた「悪の御用」
      • 大本を弾圧したのも「悪の御用」
      • 神は悪魔を料理する
      • 人類が早く目覚めれば「悪の御用」は必要ない
    • 第二章 世界統一
      • 王仁三郎の御用は世界統一
      • 世界は「世界統一」をイメージした者によって統一される
      • 王仁三郎が指し示していた世界連邦
      • 未来永劫まで軍拡を続ける気なのか
      • 軍隊と警察の違い
      • 世界連邦は実現できるのか?
      • 世界統一は悪の陰謀なのか?

とりあえずKindle版だけです。10月にはペーパーバック版も発売されます。

ロシアのプーチン大統領が霊界物語に予言されていた!?

Published / by 飯塚弘明
投稿:2023年02月08日

今年(2023年)2月3日に本を出しました。

『PTC1 プーチン、トランプ、新型コロナ ぜんぶ王仁三郎が予言していた!』

https://amzn.to/3JIJOAy

今はまだ電子書籍(アマゾンキンドル)だけですが、2月中旬にはペーパーバック(紙の書籍)の販売も開始される予定です。(追記:2023/2/11 ペーパーバック販売開始)

これは第1巻で、第2巻は4月か5月頃に発表します。
第何巻までなるかは分かりません。たぶん3巻か4巻になると思います。

このPTCシリーズは──王仁三郎の予言を通して調べてみると、ここ数年、世界を騒がせているPTC(プーチン、トランプ、コロナ禍)が、人類の進む道をミロクの世へ向けて方向転換させているようだ…ということを書いた本です。

ミロクの世の姿が分かればそれを実現するために何が必要なのかが、ある程度分かって来ます。現在の世界をミロクの世に変えるために、色々なプロセスが必要です。細かい出来事はともかくとして、世界が大騒ぎになるような出来事は全て、そのプロセス(神の経綸)だと考えればいいと思います。

そうすると、PTCが実際にどのように世界を変えているのか、その方向線上を調べてみると、ミロクの世が見えて来ます。

しかし、現在の世界は『悪くなっている』と感じている人もたくさんいると思います。
それはプロセスの一部分しか見えていないからです。カップラーメンを生まれて初めて食べる人が『こんなに固いんじゃ食べられない!不良品だ』と思うようなものです。お湯を入れて3分間経てば柔らかくなるのです。それを知らないから不満を感じるのです。

人類社会はまっすぐには進みません。右に左に揺れ動きながら進んで行きます。
ですから一見『社会が悪くなっている』と思うようなことでも、それはただのプロセスの一部であって、その先にはまた別の未来が開けて来ます。

別な言い方をすると、「毒は上手く使えば薬になる」ということです。
また別な言い方をすると、「毒にならないものは薬にもならない」ということです。

世界は確実にミロクの世へ向かって進んでいます。
王仁三郎が示したミロクの世の姿をPTCシリーズで描き出そうと思います。

【目次】

  • 第一部 モスクワの勇者がアメリカの陰謀を討つ
    • 第一章 霊界物語の予言の見方
      • 王仁三郎の甦りの年に誕生したロシアとウクライナ
      • 霊界物語は「死後の世界」の物語ではない
      • 霊界では過去・現在・未来が平面的に見える
      • 霊界と現界は多対多で対応する
    • 第二章 コードネーム「道」
      • 「道」を名に持つモスクワの勇者
      • アメリカの野望を打ち砕く「道」
      • 元首と総理、二人の「道」
      • 予言されていたロシアと中国との深い繋がり
      • 「道」には二人の娘がいる
      • 悪狐の血で心身に異常が出る
      • ヒロインの出身地トルキスタン
      • 「道」はスパイだった
      • 「道」は勇猛、強力、体格が立派
      • プーチン大統領は狂人か?
      • プーチン大統領は性格も異常なのか?
      • 実は狂人のふりをしているだけ?
      • 笑い者にされるプーチン大統領
      • プーチン大統領は「神懸かり」していた!
      • これだけあった「道」の一致点
    • 第三章 人類が進む道は「1&12」
      • 邪神の陰謀が秘められた世界平和会議
      • 陰謀は打ち砕かれたが武装廃絶は実行された
      • 悪の中枢の親子
      • 常世の国の陰謀を打ち砕いた「道」の行く先
      • 世界の多極化、そして1&12体制へ
      • 第一部の主な参考文献
      • 【コラム】正しいことは分からない
  • 第二部 予言のリテラシー
    • 第一章 的中する王仁三郎の予言
      • 予言リテラシーとは何か?
      • 天下の朝日新聞が認めた「火の雨が降る」の予言
      • 悪神に押し籠められた「艮の金神」の復権
      • 日清・日露戦争から金属供出・女子供の兵役まで見事に予言が的中した
      • 二十一世紀のスマートフォンも予言していた
      • 雛型も予言の一種
      • 【コラム】予言と預言
    • 第二章 予言の向こう側
      • 予言は当たり外れが重要なのではない
      • 宗教予言とオカルト予言
      • たつき諒氏の『私が見た未来』
      • オカルトと宗教
      • 占いのリテラシー
      • 王仁三郎が使った占術 天津神算木
      • おみくじのリテラシー
      • 岩戸を開くもの
    • 第三章 予言は当たったのか?
      • 大正十年に世界の終末が訪れる
      • 終末論と超能力で世間の注目を集めるカルト宗教
      • 予言が外れて予言熱狂者は出て行った
      • 予言解釈に正解はない
      • 永遠に降り続ける「火の雨」
      • 日月神示「子の年」予言の真実
      • 松原照子氏の大世見「2020年に東京でオリンピックは開かれない」
      • サニワがサニワでサニワする?
      • ノストラダムス1999恐怖の大王は2年遅れて降って来た
      • 『坂の上の雲』秋山真之将軍の東京大地震予言
    • 第四章 神から見た予言の意義
      • 予言は外れた方がいい 比嘉良丸氏の祈りの神事
      • 喜ばして返報返し 「火の雨」は「慈悲の雨」だった
      • 予言リテラシーまとめ
      • リテラシーを鍛えるには ムー編集長・三上丈晴氏
      • 世界を襲うパンデミックとインフォデミック
      • 第二部の主な参考文献

三鏡解説427 同殿同床の儀

Published / by 飯塚弘明
投稿:2022年09月19日

●月鏡「同殿同床の儀」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg427

その昔、御神殿というものは、同殿同床(どうでんどうしょう)の本義に則って、屋内に設けられたもので、今日の如く別殿とするのは唐制を模倣してから以後のことである。

このたび開祖様の御像を本宮山上、穹天閣(きゅうてんかく)の私の室(しつ)にお祭りして、私はそこで寝る。これで古来の通り、同殿同床となってはなはだ愉快である。二代の室は次の間にある。

初出:『神の国』昭和5年(1930年)5月号

同殿同床は、同床共殿(どうしゅうきょうでん)とか同殿共床などとも呼ばれます。
神様を家の中に祭り、そこで神と人とが寝起きを共にすることです。

古代、この同殿同床が廃止されたことは、現代に至る社会悪化の原因の一つであり、これを復活させることが五六七神政成就に繋がります。

霊界物語第5巻には、太古の神代に、聖地エルサレムで同殿同床が廃止されたことが記されています。国祖が隠退し、大洪水が起きる前の出来事です。

●霊界物語第5巻第1章「栄華の夢」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0501&mky=a040-a044#a040

聖地はすでに神霊を宮殿より分離し、橄欖山(かんらんざん)に形ばかりの神殿を建てたるに倣い、各地の八王八頭(やつおう やつがしら)もその宮殿より国魂を分離して、山上または渓間に形ばかりの神殿を造り、祭祀の道を怠った。

また記紀には、第10代の崇神天皇の御代に、同殿同床が廃止されたことが記されています。
それまでは天照大神と倭大国魂神(やまとのおおくにたまのかみ)の二柱を宮中にお祭りしていました。ところが崇神天皇は両神の神威を畏れ、同じ場所に住むのを止めて、両神を宮中の外に祭るようになった──ということが、日本書紀の崇神天皇6年の項に書いてあります。

その後、天照大神は近畿地方を転々として最終的に伊勢の地に、倭大国魂神は大和(おおやまと)神社(天理市)に祭られることになりました。

崇神天皇が行った【同殿同床の廃止】と【租税徴収の開始】は、和光同塵(わこうどうじん)の政策だと王仁三郎は述べています。
五六七の世までの一時的な措置ということです。
つまりその和光同塵の政策を廃止することが五六七の世に繋がるわけです。
詳しくは「世界大家族制とベーシックインカム(4)崇神天皇から租税制度が始まった」をお読み下さい。

大本の信者は主神(大天主太神)を家の中に奉斎しますが、それも同殿同床です。

家の外に祠を建てたりして神様を祭るのではなく、家の中に神様を祭ることが同殿同床ですが、しかしそれは形式上のことであって、より本質的には、神と共に生きる、ということが同殿同床ということになると思います。

家の中に神様を祭って、そこで寝起きしたって、神様を身近に感じない人だっています。
あるいは、神様を拝んでいたって、その神棚の小さなお宮の中だけに神様がいるんだと思う人もいます。
それでは信仰が稚拙だと言わざるを得ません。

神棚とか神社にだけ神様がいるわけではありません。
そこは聖域であって、神様とコンタクトしやすい場所だというだけで、実際には神様はどこにでもいるわけです。
究極的には、この宇宙全てが神です。

神は常にここにいる、神は吾と共にあり、という意識で生活することが、同殿同床の本質的な意義であると思います。
別な表現をすると【自分の中に神を祭る】ことです。

形だけ、家の中に神様を祭ったって、ただそれだけでは何でもありません。
常に神と共にいる、という感覚を持つことが出来るようになるために、神様を家に祭り、毎日祝詞を上げるのです。

究極的には神棚も神殿も必要なく、【自分の中に神を祭る】ことです。
そうすれば形が無いのですから、宗教間の相違から生じる下らぬ争いがなくなります。王仁三郎が「みろくの世には宗教は不要になる」と説いた、その世界へ近づくわけです。


三鏡解説 目次


(この記事は『霊界物語スーパーメールマガジン』2021年4月19日号に掲載した文章をもとに加筆訂正したものです)


三鏡解説574 世は持ち切りにさせぬ

Published / by 飯塚弘明
投稿:2022年09月11日

●玉鏡「世は持ち切りにさせぬ」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg574

地球一日の傾斜を小傾斜と言い、一年の傾斜を中傾斜と言い、六十年振りの傾斜を大傾斜と言い、三千六百年振りのを大々々傾斜と言う。この大々々傾斜の大変化の影響をうけて、気候が変わる。

従ってすべてのものが変わって来るので、寒いところが暑く、暑いところが寒くなって世が変わるのである。神諭に「世は持ち切りには致させんぞよ」とあるのはこの意味である。

初出:『神の国』昭和6年(1931年)5月号

前半の傾斜云々というのは、神示の宇宙論による説明です。
神から見た地球は球ではなく平面で、自転も公転もせず、大地の傾斜運動によって天の星々が動いているように見える、という王仁三郎の独特な宇宙論です。
その宇宙論によると、宇宙には期間が異なる複数の周期があり、大規模な周期の影響によって近未来に天変地異が起きて、地上の気候が変化する、というわけです。
神示の宇宙論についてはここでは詳しく説明しません。霊界物語第4巻の第46~50章を読んで下さい。

「世は持ち切りには致させんぞよ」というフレーズは大本神諭に何度も出て来ます。印象に残るフレーズの一つです。

「万古末代(まんごまつだい)世は持切りには致させんぞよ」〔明治31年旧12月26日〕
「世は持ちきりには致されんから、良かりた人民悪くなるぞよ」〔明治36年旧12月10日〕
「世は持切りには致させんぞよ。上下(うえした)へ転倒(かえす)ぞよ」〔明治33年旧8月8日〕
「従来(これまで)に仕放題にして居りた守護神は、大分辛いなれど世は持ち切りには致させんぞよ」〔明治41年旧10月15日〕

などです。
「持ち切り」という言葉は日常的にはあまり使いませんが、次のような意味です。

「終始そのもの、またはその状態で継続すること」〔広辞苑〕

つまり「持ち切りには致させんぞよ」とは、「このままにはしておかない」という意味です。

人類社会自体もそうですし、地球環境自体もそうです。
今までのようには行かないのです。

今まで良い生活をしていた人は悪い生活に転落したり、我を張ってやりたい放題していた人は我を折って我慢せざるを得なくなります。
大本神諭は明治時代に発せられたものですが、それから百年以上経ちました。社会も自然もかなり変化しましたね。

地球温暖化などと騒いでいますが、そんなのは小さな出来事です。それは大規模な天変地異へのプロセスに過ぎません。
新型コロナによる社会の変化もそのプロセスです。

徳川三百年の天下が終わって明治時代になり、大日本帝国が崩壊し、世界トップの経済大国となり、バブルがはじけ、コロナ禍となり…というように、社会は常に変化し続けています。
「世は持ち切りには致させん」という国祖の宣言の実現です。

過去のやり方や習慣、価値観にとらわれず、五六七の世へ向かって未来を創って行かねばなりません。


三鏡解説 目次


(この記事は『霊界物語スーパーメールマガジン』2021年8月9日号に掲載した文章をもとに加筆訂正したものです)


三鏡解説268 犠牲

Published / by 飯塚弘明
投稿:2022年08月31日

●月鏡「犠牲」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg268

既成宗教は、犠牲ということを推奨して最高の道義的行為なりとしておるが、犠牲即ちイケニエなるものは、実は正しいことではないのである。
身を殺して仁(じん)をなすなど、己れを捨てて人を助くることは実際でき得るものではない。

教育勅語に、恭倹(きょうけん)己れを持し、博愛 衆に及ぼすと宣らせられ給うている如く、人は神の子、神の生宮(いきみや)で、言い換ゆれば人は神であるから、神を敬う如く人を敬い、また己れを敬うのが本当である。
自分を全うせずして人を助くることはできないではないか。

神であっても、犠牲を喜ぶような神は正しい神ではない。日本の神様は決して犠牲を喜ばれない。

初出:『神の国』昭和4年(1929年)2月号

自分を犠牲にして他人のために働くというのは、とても美しい行為のように思えますが、実は神様から見たら正しいことではないというのです。

身を捨ててはいけない、ということで、舎身活躍(第37~48巻の輯題)の舎身も捨身(身を捨てる)ではなく舎身という造語を使っています。

 ここにいう舎(しゃ)は家であって、衣食住の完備して一家の斉(ととの)うたる意義である。そこで舎身活躍とは、他の厄介にならず独立独歩して活動するということであって、身を捨てて活躍するという意味ではないのである。

なお約(つづ)めて言えば、軍人には軍人の服装があり、農家には農家の服装ある如く、軍人は軍人らしく農家は農家らしく、商人は商人らしく、労働者は労働者らしく、それぞれ、それらしき身の構えをして活動するということである。

●月鏡「舎身活躍」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg272

教育勅語の「恭倹(きょうけん)己れを持し、博愛 衆に及ぼす」というのは、文語体なので難解ですが、昭和15年の文部省訳によると「へりくだって気随気儘の振舞いをせず、人々に対して慈愛を及すようにし」という意味です。
https://ja.wikibooks.org/wiki/%E6%95%99%E8%82%B2%E5%8B%85%E8%AA%9E

王仁三郎はこの文の「おのれを持す」つまり、身を保つ、ということを強調したいのではないかと思います。
他人を敬い、自分をも敬うのが正しい生き方であって、他人のために自分を犠牲にしてはいけないということです。

それは、そもそも自分の肉体は自分のモノではなく、神様からの借り物・預かり物だからです。
ですから、自殺ということは、神に対する大きな罪になります。
また、自分の霊魂も、神様の一霊四魂の分霊ですので、粗末にしてはいけません。

自分を犠牲にすることが問題ならば、他人に犠牲を強いることはもっと問題です。
霊界物語に、人間に生贄を要求する神が何度か出ます。
たとえば第3巻の荒河の宮のエピソード。
毎年この地方(南高山)の人々を生贄として捧げさせ、万一それを怠った時にはこの地方一帯に暴風が吹き起こり猛雨が降り注ぎ、大洪水を起こして人々を苦しめるという暴悪な神です。
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0333

大道別がそれを退治しますが「そもそも神たるもの犠牲をたてまつらざれば、怒りて神人を苦しますべき理由あるべからず。これまったく邪神の所為ならん」と大道別は語っています。
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0334

人民を脅迫して金品を出させるような神は、暴力団がみかじめ料を要求するのと一緒で、ろくな奴ではないのです。
人間に苦痛を強いさせたり、対価を要求するような神は悪神です。
「先祖の霊が祟っているから護摩を焚いて祓ってあげよう。祈祷料で100万円必要だ」なんていうのも、その一例です。
統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の霊感商法が大きな社会問題になっていますが、霊感商法は悪神の業であることは言うまでもありません。

真の神は、人間が何もしなくても、大きな恵みを与えて下さっています。
ただ人間がそのことに気がつかないだけです。

この月鏡の教示では「犠牲」という言葉を否定的に使っていますが、必ずしも「犠牲」が悪いわけではありません。
王仁三郎は「犠牲」を肯定的にも使っています。
たとえば、

謝恩の念があって始めて犠牲心が起こり没我心が起こるのだ。(略)自分を犠牲にすること、自己を没却すること、この二つのものは神道の教義の教うるところであって、親が子を愛し子が親に孝を尽すのは、人間自然惟神の慣性であり常道である。
●月鏡「謝恩と犠牲心」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg254

なんてことも言っています。
犠牲(ぎせい)が悪いのではなく、イケニエが悪いのです。
要するに、嫌々ながら犠牲になるのか、喜んで犠牲になるのかの違いです。

親が子のために、自分を犠牲にして働く、それは子の笑顔を見たくて、喜んで働いているのなら、何も問題はないのです。
もし親が子に「おまえのために身を削ってこんなに働いているのに、どうして言うことを聞かないんだ!」などと、恩着せがましいことを言うのであれば、それは嫌々ながら働いているのです。自分をイケニエにしちゃっているのです。

宗教団体や慈善団体に寄付をする時も、「こんな大金出したくないな~」と痛みを感じるようであれば、寄付するのをやめた方がいいでしょう。
喜捨(きしゃ)、つまり喜んで捨てるということでなくてはいけません。


三鏡解説 目次


(この記事は『霊界物語スーパーメールマガジン』2020年6月15日号に掲載した文章をもとに加筆訂正したものです)