王仁三郎が選挙で当選 でも民主主義は・・・

投稿:2017年06月28日

都議選の投票日が近づいて来ましたが、実は王仁三郎も「議員」になったことがあります。
大正14年(1925年)5月11日に綾部町議にトップ当選しているのです。「綾部町労働者団の有志に推されて」出馬したとのこと。〔「国内宣教と造営」『大本七十年史 上』〕
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B195401c4444

ところで現代では「民主主義」が世界の常識ですが、王仁三郎はこんなことを言っています。

 普通選挙は衆愚政治である。我が国の国体には合わない。普通選挙が行わるる間は、真の政治は行われない。
 理屈から言えば国民の思想を代表するものとなっているが、実際から言うと、寡頭政治と同じである。理想と実際とは違うものである。
 二大政党などを樹てずに、一国一党で行く政治が望ましい。
〔「普通選挙」『月鏡』〕
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg330

なかなか過激なことを言ってますね~~
言ってることを私なりにまとめると、

(1) 普通選挙(民主主義)は衆愚政治
(2) 代議制は寡頭政治と同じ
(3) 政党政治を廃止せよ

ということになると思います。

(1) 普通選挙(民主主義)は衆愚政治

「普通選挙は衆愚政治である。我が国の国体には合わない。普通選挙が行わるる間は、真の政治は行われない。」

この発言は昭和初期(おそらく昭和5年頃)の発言です。普通選挙が昭和3年から実施(ただし男子のみ)されたので、その普通選挙の話題の中で、この発言が出たのではないかと思います。
「誰でも彼でも選挙権があるー」と世間はお祭り騒ぎだったわけで、そんな中で、「そんなもんは衆愚政治だ」と揶揄したわけです。

普通選挙実施以前は、金持ちだけに選挙権がある「制限選挙」でした。
「貧乏人が政治に参加すると衆愚政治だが、金持ちだけなら衆愚政治にはならない」ということではないでしょう。明治初期なら庶民は文盲で新聞も読めない人が多かったので選挙に参加させたらまさしく衆愚政治になったかも知れません。農民と士族とでは知識において雲泥の差がありました。しかし昭和初期なら金持ちと庶民の知識レベルの差はかなり小さかったと思いますよ。むしろ苦労を知らずに育った金持ちのボンボンだけの選挙の方が衆愚政治かも知れません。
ですから「普通選挙は衆愚政治だ」という発言は、要するに巷でよく言われるように「民主主義は衆愚政治だ」という意味ではないかと思います。

王仁三郎は民主主義に対して否定的な発言もあれば肯定的な発言もあります。「時代の過渡期には民主主義でも仕方がない」というようなかんじだと思います。
霊界物語を読むと、民主主義に洗脳された現代人にはなかなか理解不可能なことが書いてあります。
太古の神代は、「地の御先祖様」である国祖・国常立尊が地上神界の主宰神として世界を統治していました。
地方は、国祖が任命した八王神(やつおうじん)と呼ばれる神々が主権者となり治めていたのですが、常世彦(とこよひこ)という悪神は、この八王神制度を廃止して、世界の民主化を進めようとしました。(第4巻の「常世会議」)
つまり民主主義というのは、”悪神の仕組”という扱いになっているのです。

その後、常世彦に煽動された世界の神々が国祖追放を叫び出し、国祖はとうとう主宰神の地位を追放され、世界の艮の方角へ追いやられてしまいました。
この艮の金神(国祖)が再び表に現れて昔の神代に戻す(ミロクの世を建設する)時代がやって来た…ということを、明治25年に出口ナオに懸かって叫び出したわけです。

昔の神代に戻すというのですから、悪神の仕組である民主主義は、ミロクの世の統治体制ではない、とも解釈できます。

では、ポスト民主主義は何なのか?
それはまた次の機会に書くとして、とりあえず次に行きます。

(2) 代議制は寡頭政治と同じ

「理屈から言えば国民の思想を代表するものとなっているが、実際から言うと、寡頭政治と同じである。理想と実際とは違うものである。」

最近、高知県の大川村という過疎の村で村議のなり手がいないので村議会を廃止して「町村総会」を設置することを検討している、というニュースがありました。この町村総会というのは村民の直接民主制です。
有権者が350人くらいなので、みんなが集まって会議することも可能かも知れませんが、人数が多かったらそれは不可能です。
それで選挙で代議員を選ぶ間接民主制(代議制)となるわけです。

当時は「オレたちの代表者を選ぶんだ~」「庶民の声を国に届けるんだ~」と小躍りして喜んでいたのかも知れませんが、実際のところは一握りのボスによる「寡頭政治」(少人数による支配)になってしまう、と王仁三郎は喝破しているのです。

代表者を選ぶという作業は、セクト化する作業だと言っても過言ではありません。
多数決で決めるので、多くの票を獲得しなくてはならず、当選するためには「票を取りまとめる」ことが必要となります。
それがその候補者の後援会であり、政治団体・政党です。利益を共にする集団ですね。
議会制民主主義は、議員(国民の代表者)によって政治が運営されるのではなく、この政党という組織によって運営されることになる、というのが現実です。これがいわゆる政党政治です。
さらにもっと言えば、政党のボス同士の談合による「寡頭政治」だとも言えるのです。
今のように自民党が安定多数だと、野党を排除して与党だけで国政が運営できてしまいます。
安倍晋三首相の独裁とは言えませんが、与党(自民・公明)内の派閥のボスによる寡頭政治であることは間違いないと思います。

議会制民主主義は国民の代表者による政治、というのは形式だけで、実態は少人数による寡頭政治と化すわけです。今の現実の政治を見れば王仁三郎の言っていることが理解できると思います。

ではどうしたらいいのかというのも次の機会に書くとして、次に行きます。

(3) 政党政治を廃止せよ

「二大政党などを樹てずに、一国一党で行く政治が望ましい。」

ここで言う二大政党というのは、立憲政友会と立憲民政党のことだと思います。
昭和初期から、昭和15年に大政翼賛会が結成されるまで、この二つの政党が衆議院全議席の8~9割を占めていました。この二党のトップによる寡頭政治だったわけです。

「一国一党」というのは、セクト主義をやめろ、政党政治をやめろ、ということです。
しかし既存のすべての政党を実際に解散して一党にしてみたところで、その中でセクト争いをしているのでは、多党と同じです。実態は変わりません。ですから実際に一党にしろという意味では無くて、セクト化が前提の政党政治を止めろという意味だと思います。

国会外での政党活動はいいとしても、国会を政党の組織の論理で動かすので、寡頭政治になるのです。

今の国会の仕組みは、国会議員が群らがって5人以上のセクト(院内会派)を作らないと、十分な議員活動が出来ないようになっています。
たとえば本会議での代表質問権が得られないとか。
政党交付金が支給されないとか。
国会の仕組みが、セクトを作れ、という仕組みになっているのです。

セクト(党)を作ることにより、各国会議員は対等ではなく、ヒエラルキー化され、上下関係が作られて、そのトップによる談合政治になってしまうのです。党議拘束によって議員の自立性を認めずサラリーマン化しているのです。
それで社長(党首)同士による寡頭政治と化すわけです。

もちろん、議員は政党に所属しなくてもいいのですが、前述したように、それでは議員活動が不十分なものとなります。特にお金の問題は大きいです。政党交付金は総務省の資料を見ると、平成29年分の場合、最も多い自民党が約176億円、最も少ない社会民主党が約4億円になっています。
議員数で割ると、自民党議員は1人当たり約4257万円、社民党議員は1人当たり約9884万円貰っていることになります。
もちろん議員に分配されるのではなく、党のお金なんですが、自分のポッケから経費を落とさないので済むので、事実上、議員の収入と同じです。
国会議員としての正規の収入は、歳費(報酬)・経費等合わせて1人年間約4200万円なので、それと同額以上のお金を政党交付金として貰っているわけです。徒党を組まない一匹狼の議員は、このお金を貰えないのです。となると徒党を組んでお金をゲットするのが利口ということになります。こうやって国会議員を組織化し階級化しボスに逆らえないようにして、その結果、一握りのボスによる寡頭政治となるわけです。

そういうやり方を改めて、政党を解体し、一つに集まれと王仁三郎は言うのです。
政党政治を廃止することで、各議員の上下関係がなくなり、フラットな立場となって、真に国民の代表者として活動できるはずです!

──と、まあ、そんなふうにうまく行くでしょうかね???

(続く)