信天翁(あほうどり)──王仁三郎は偽者?

投稿:2017年06月21日

「信天翁」(あほうどり)とは、第10、11、13、14巻の巻頭または巻末に挿入されている歌の題名です。
歌の内容は、その巻の本文とは特に関係ないようです。霊界物語に反対して酷評・中傷する信者や学者、マスコミ等を批判している歌です。論理的に批判しているのではなく、アホーアホーと茶化しているような歌です。

この歌の中で特に注目されるのは、第13巻の「信天翁(三)」の最後の部分です。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm139901

大正11年(1922)に出版された霊界物語の初版では、次のようになっています。

(略)今 大本にあらわれた/変性女子(へんじょうにょし)はニセものだ/誠の女子(にょし)が現われて/やがて尻尾が見えるだろ (略) 時節を待っていたならば/いずれ現われ来(きた)るだろ/ミノ(美濃)か尾張の国の中/変性女子が分かりたら/モウ大本も駄目だろう/前途(さき)を見こして尻からげ/一足(ひとあし)お先に参りましょう/皆さまあとからゆっくりと/目がさめたなら出て来なよ/めくら千人のその中の/一人の目明(めあ)きが気を付ける/アア惟神(かんながら)々々/かなわんからたまらない/一足(ひとあし)お先へさようなら

これを読むと、今の変性女子(王仁三郎のこと。また救世主を現す)はニセモノで、美濃か尾張からホンモノが出現するというような意味のことが書いてあるので、王仁三郎が「自分はニセモノ(偽の救世主)だ」と自白している歌である…と思い込んだ人たちがいました。王仁三郎に反対する勢力です。

しかし王仁三郎は昭和10年に自分の手で霊界物語を校正した際に、「一人の目明きが気を付ける」以降を次のように書き換えました。

一人の目明(めあ)きが気を付ける/なぞと慢神(まんしん)してござる/王仁(おに)はこの言(こと)聴くにつけ/お気の毒にてたまらない/こんな判らぬ奴ばかり/めくらばかりがささやけり

つまりこの歌は、今の変性女子はニセモノだとウソを言う人がいるが気の毒である…ということを歌っているのです。

しかしこの校正された霊界物語が初めて刊行されたのは、昭和34年です(天声社の「普及版」)。
その間に、「自分はニセモノだと王仁三郎が自白している」という話が一人歩きしてしまい、今日に至るまで、そういう誤った情報を信じている人が少なくありません。
美濃(岐阜県)や尾張(愛知県)の出身だとか、そこに住んでいるということで「自分が(または他の人を指して)真の救世主である」という箔付けに利用しているケースがよくあります。

これは最初に王仁三郎が霊界物語を書いたときに、歌を書き間違った、ということではなく、王仁三郎に反対する人たちをあぶり出すために、意図的にそのように書いたようです。
そしてそういう人たちは自発的に大本から出て行ってくれました。王仁三郎はわざと「自分はニセモノだ」と読める歌を書くことで、それらの人たちを穏便に追い払ったわけです。
王仁三郎が仕掛けたトラップにまんまと引っかかったわけですね。

↓【戦前出版された初版本】

↓【昭和34年に出版された普及版】(校正後の文章)

↓【昭和10年に直筆で校正した本】

ところで余談ですが、アホウドリというのは漢字で「信天翁」と書きます。当て字ですが、どうしてこういう文字になったのでしょうか?
調べてみると、古代中国に溯ります。アホウドリは人が近づいても警戒せず、素手で捕まえることが出来るようなアホな鳥です。エサを取るのもヘタで、アホウドリは「エサは天から降ってくると信じている」と言われていました。つまり天からエサが降ってくると信じている呆けた老人(翁)のような鳥、ということで「信天翁」と書かれたようです。
ちなみに鳴き声は「アホー、アホー」ではありません。「ガアー、ガアー」てかんじです。聞いてみて下さい。
http://www.suntory.co.jp/eco/birds/encyclopedia/mp3/73_s_01.mp3
(サントリー「日本の鳥百科」より)

(この文章は「霊界物語スーパーメールマガジン」2015年5月7日号掲載の文章に加筆訂正したものです)