予言と預言、修業と修行

投稿:2017年06月14日

予言と預言という言葉が混同されがちですが、予言というのは未来を予告することで、預言というのはキリスト教なんかで神の言葉を預かる人のことです。

広辞苑を引いてみましょう。

予言・・・未来の物事を推測して言うこと。また、その言葉。
預言・・・キリスト教や啓示宗教で、神から預けられた言葉を人々に伝えること。また、その言葉。倫理的勧告や回心の呼びかけも含む。

ノストラダムスやエドガー・ケイシーは予言者、モーセやエリヤなどは預言者、ということになります。もちろんモーセやエリヤは予言者とも言えるのですが、牧師や神父さんはモーセやエリヤを予言者と呼ぶことは決してありません。

しかし。

王仁三郎用語としては、厳密に使い分けられてはいません。
王仁DBで調べてみると、「予言」「予言者」の方が圧倒的に多く使われています。
しかし「古事記の預言」
http://onidb.info/bview.php?obc=rm1511&T1=%E9%A0%90%E8%A8%80&T2=%E4%BA%88%E8%A8%80&yure=yes&koumoku=zenbu
というように、明らかに「予言」を使うべきところに「預言」を使っていたり、

「…ここに神は精霊に其神格を充して預言者(注・ここでは出口ナオ開祖のこと)に来らしめ、地上の高天原即ちエルサレムの宮屋敷に於て…」
http://onidb.info/bview.php?obc=rm5201&T1=%E9%A0%90%E8%A8%80&yure=yes&koumoku=zenbu

「…故に開祖即ち予言者によつて示されたる聖言は…」
http://onidb.info/bview.php?obc=rm4801&T1=%E4%BA%88%E8%A8%80%E8%80%85&yure=yes&koumoku=zenbu

というように、同じ人(開祖)を預言者と呼んだり予言者と呼んだりして、使い分けているとは思えません。
テキトーです。その時の気分でしょう。
あるいは当時はそんなに厳密に意味の区別がなかったのかも知れません。

また、修業修行もそうです。若干「修業」の方が使用例が多いですが、「高熊山の修業」「高熊山の修行」どちらも使われており、修業と修行を使い分けているようには思えません。

つまりオニサブラーとしては、預言と予言、修業と修行、どちらを使おうと構わないのです。その日の気分で使い分ければいいでしょう。

しかしですよ、いろいろな文字を使っていると、検索の時に困るのです。
出て来ないのですよ。
使い分けているのであれば、検索の目的に応じて、「修業」か「修行」、検索キーワードを変えればいいのですが、使い分けていないと、両方をキーワードにしないとダメです。

「修業|修行」

で両方出て来ます。
「|」は「または」の意味で、OR検索と呼びます。半角の「|」でもOKです。

王仁DBは「表記ゆれ」として、新字体と旧字体、小さい「っ」と大きい「つ」などの区別をせずに検索するようになっているので、その点は便利なんですが、「預」と「予」は全く別の文字なので、検索キーワードを工夫することで対応しなくてはいけません。

検索方法の詳細はこちらのページに書いてます。
http://onidb.info/manual.php

事前に、同じ意味で違う言葉が使われていることを知っていればまだ対応できますが、予言・預言、修業、修行だけでなく他にもたくさんあるので、なかなか大変です。
「ミロク」もそうです。

「みろく|ミロク|五六七|弥勒|至仁至愛|仁愛」

この6つくらいのパターンが使われています。

スサノオはもっと大変ですよ。20近くのパターンがあります。

どういう類義語・同意異字があるかは、王仁DBの「単語検索」で調べて下さい。
http://onidb.info/tango.php

ここに「すさのお」とキーワードを入れて検索すると、
素盞嗚やら素戔嗚やら素盞雄やら須佐之男やら、用例がズラリと出て来ます。

これを全部「|」で区切って検索キーワードにするのはなかなか大変です。
そこで「タグ」を付けることで対応して行きます。
たとえば「スエデンボルグ」を「セーデンボルグ」と、かなりなまって(?)書いてある文献があって、そんなのは頭でいちいち覚えていられません。そこでその文献のタグに「スエデンボルグ」と入れておけば、「スエデンボルグ」で検索しても「セーデンボルグ」も一緒に出て来るわけです。
タグはユーザーの皆さんが付けるのではなく、管理者の私が付けるんですが、いろいろやっていて忙しいので、ゆるゆる付けて行きます。
それまで我慢して王仁DBを使って下さい。