下女が春秋の籔入に親里に帰るような心持ち

投稿:2017年05月07日

霊界物語の面白ボキャブラリです。

 治国別(はるくにわけ)は神の愛と信と智慧証覚に充たされ、さしもの強敵の陣営に向かって武器をも持たず進み行くについても、ほとんど下女が春秋(はるあき)の籔入(やぶいり)に親里に帰るような心持ちで途々(みちみち)歌を歌いながら進み行くその雄々しさ。竜公もタールもいつとはなしに治国別の悠揚迫らざる態度に感化されて、すっかり天国の旅行気分になってしまった。
──第47巻第3章「寒迎」

これはなかなか難しい表現ですね。
籔入(藪入り)とは何?
広辞苑によると「奉公人が正月および盆の16日前後に、主家から休暇をもらって親もとなどに帰ること」を言います。
「家父入り」とも書きますが、「家父(やぶ)」は「自分の父」のこと。つまり実家に帰るということですね。

要するに「下女が春秋(はるあき)の籔入(やぶいり)に親里に帰るような心持ち」とは、下女(奉公人)が春と秋(正月とお盆)に父母が待つ実家に里帰りするような気持ちということです。
久しぶりに親に会うのですから、きっと嬉しくてわくわくするよう気持ちなんだと思います。

宣伝使の治国別は、敵陣に向かって武器も持たずに歩いていますが、恐怖におののいているわけでもなく、『やっつけてやる』と力んでいるわけでもなく、あたかも親元に里帰りするかのような嬉しい軽やかな気持ちで歩いているのです。
同道する弟子の竜公とタールも、そんな治国別の態度に感化されて、天国にいるかのような気分になってしまった・・・というのです。

さすが三五教の宣伝使。
敵を言向け和すには、こうでなくてはいけません。