縁起譚 花かんざしの起源

投稿:2016年04月26日

霊界物語のちょっと気になる言葉を紹介します。

霊界物語には、事物の起源・由来を説明した、いわゆる縁起譚(えんぎたん)がいくつか記されています。その一つ「花簪」(はなかんざし)の起源です。花かんざしというのは、花の枝や、造化をかんざしにしたものです。

第5巻第3章「臭黄の鼻」(くさきのはな)より

八王大神・常世彦(後のウラル彦)の娘・玉春姫は、盤古大神・塩長彦の息子・塩光彦と駆け落ちし、エデンの園の東北の隅の、大きな樹の上で暮らしていた。木の実がたくさん実っていて、何日でも食べ物には困らなかった。
盤古大神が自ら園内を探し回ると、樹の上にいる二人を発見した。

盤古大神は大いに怒り、早くこの木を下れと叫んだ。
二人は相擁(あいよう)し、父の声はすこしも耳に入らない様子であった。
盤古大神は声を嗄らして呼んだ。されど樹上の二人の耳には、どうしても入らない。如何(いかん)とならば、この木の果物を食うときは、眼は疎く、耳遠くなるからである。ゆえにこの木を「耳無しの木」と言う。その実は「目無しの実」という。今の世に「ありのみ」といい、梨の実というのはこれより転訛したものである。
盤古大神は宮殿に馳せ帰り、神々を集めこの木に駆け上らしめ、無理に二人を引き摺りおろし、殿内に連れ帰った。
見れば二柱とも、目うすく、耳はすっかり聾者となっていたのである。
ここに塩長姫(盤古大神の妻)は二人のこの姿を見て大いに憐れみ、かつ嘆き、庭先に咲き乱れたる匂い麗しき草花を折りきたりて、二人の髪の毛に挿した。
これより二人の耳は聞えるようになった。ゆえにこの花を「菊」の花と名づけた。
これが後世、頭に花簪(はなかんざし)を挿す濫觴(らんしょう)(物事の始まりの意)である

──なるほど。梨は耳や目が無くなってしまうという意味から「なし」と名づけられ、菊は聞こえるようになったから「きく」と名づけられたと。そしてそこから花かんざしが始まったと。
ほんまかいな~と思ってしまいますが、王仁三郎の言うことは一見バカバカしくても真実が秘されているので決してあなどれません。興味のある方は研究してみて下さい。

(ご注意:全体の一部分を抜き書きしているだけですので、前後の文脈を知りたいときは原文を直接読んで下さい。また、意味は一つだけはありません。行間を読むことで違った意味が見えて来ます。いろいろな角度から考えてみて下さい。)