悪の強い欲の深い者はみな聖地に来て何か思惑を立てようとする

投稿:2016年04月08日

霊界物語のちょっと気になる言葉を紹介します。

第65巻第25章「道歌」より、三五教の宣伝使・初稚姫(はつわかひめ)のセリフ

玉を奉納するために聖地エルサレムへ向かう三五教の宣伝使一行。
聖地が間近に近づき、玉国別(たまくにわけ)らは喜ぶが、初稚姫は九分九厘でひっくり返らないよう、最後まで油断してはならない、と警告を与える。

玉国別『あ、何と窮屈な事でございますな。私はただ今まで難行苦行して、ようやく聖地の空を見たのですから、やれやれユックリ一服をさしてもらって嬉しく楽しく参拝をしようと思いましたが、人間の考えは実にはかないものですな。エルサレムという所は天国浄土かと思っていましたのに、意外にも窮屈な所でございますな』

初稚姫『「結構なところの恐いところだ」と、厳の御魂の神諭にも出ているでしょう。油断は少しもなりませぬよ。寸善尺魔の世の中ですから、弥勒の世が完成するまでは、腹帯をしっかりしめて気を張弓(はりゆみ)にしておかなくては、魔神に襲われますからな』

玉国別『聖地でさえも魔神が居りますか?』

初稚姫『美しい花には害虫多く、よき果物には虫害多きが如く、宝の集まる所には盗人の狙う如く、世界中の人間がエルサレム エルサレムと云って憧憬してるのですから、悪の強い欲の深いものはみな聖地に来て、何か思惑を立てようとするのですよ。エルサレムほど偽善者の集まる所はないのですから、よく善悪正邪をわきまえて、お付き合いを願いますよ。それだけご注意致しておきます。(略)』

美しい花には害虫が多い。王仁三郎の周りにも害虫がいっぱい集まってきた。
宗教団体が醜狂団体と化す原因がここにある。神を説くところに悪魔も集まるのである。

よく、「王仁三郎のような高いレベルの身魂の人が、いったいなぜ弾圧された? 王仁三郎もまだまだ修業が足りなかったのではないのか?」と考える人がいるが、高次の人だからこそ、悪党によって襲われたのだと言える。

ところで地球全体から見たら、日本は「聖地」である。思惑を立てようとする輩は日本にみな集まって来る・・・?

(ご注意:全体の一部分を抜き書きしているだけですので、前後の文脈を知りたいときは原文を直接読んで下さい。また、意味は一つだけはありません。いろいろな角度から考えてみて下さい。)