重力の御恩、国祖の神力

投稿:2015年12月22日

2013年に公開された『ゼロ・グラビティ』というアメリカ映画をご存知でしょうか?
宇宙空間でのパニック映画です。

乗っていた宇宙船に宇宙ゴミが衝突して壊れてしまい、地球に帰れなくなってしまった主人公の女性科学者が、宇宙空間を一人で移動して中国の宇宙ステーションに辿り着き、そこにあった宇宙船に乗り込んで無事地球に帰還するという物語です。

3D技術によって、宇宙の無重力空間での動きがリアルに再現されており、また宇宙から見た地球の美しさもリアルティがあり、エンターテインメントとしてとても素晴らしい映画でした。

パニック映画ですので、主人公が一人で、空気の無い、無重力の空間で、どのようにして宇宙船に乗り込み、帰還するか、それを楽しむ映画だと思うのですが、この映画のテーマは、地球に無事帰還した後の、ラストシーンに描かれていると感じました。

小さな着陸船のパラシュートが開いて、湖に落ち、主人公はそこから脱出して、泳いで陸地まで辿り着きます。
そして、両手を地に着いて起き上がろうとしたときに──起き上がれずにコケてしまうのです。
長い間、無重力空間にいたので、重力のある世界に適応できず、両手に力が入らなかったのでしょう。
主人公はふと笑みをこぼすと、大地に口づけをし、今度は両手に力を入れて起き上がり、ゆっくりと歩き去って行きました──。

このラストシーンを見たときに『この映画は重力の恩恵をテーマにした映画だったのか』と気がつきました。

調べてみたら、邦題は「無重力」を意味する『ゼロ・グラビティ』ですが、英語の原題は単に『グラビティ』(重力)でした。
本来は「重力」をテーマにした映画だったんですが、いろいろな商業上の問題で日本語の題名はゼロ・グラビティ(無重力)になってしまったのだと思われます。

たしかに映画自体は「無重力」空間におけるパニック映画です。
無重力空間では、体をどこかに固定させなければ、ドアを開けることすらできません。そして一度動き出すと、抵抗が何もないため、永遠に宇宙の彼方へと飛んで行ってしまうのです。

最初から最後まで、この無重力空間の恐さを見せつけられたので、それで最後の最後で「重力」があることの有り難さが実感として湧くのです。

重力の恩恵に気づかされた映画でした。
そして出口王仁三郎が水と空気の恩恵について霊界物語に書いていたことを思い出しました。

霊界物語第1巻第4章「現実的苦行」で、高熊山修業中に水の有り難さを感じたことが書かれてあります。
一週間の間、飲まず食わずで、水一滴飲むことすら許されていなかったのです。そこへふと、松葉から露(つゆ)が落ちて来て、王仁三郎の唇に当たりました。

ただ一滴の松葉の露のその味は、甘露とも何ともたとえられぬ美味しさであった。
これを考えてみても、結構な水を火にかけ湯に沸かして、温いの熱いのと、小言を言っているくらい勿体ないことはない。

草木の葉一枚でも、神様のお許しが無ければ、戴くことはできず、衣服は何ほど持っておっても、神様のお許しなき以上は着ることもできず、あたかも餓鬼道の修業であった。

そのおかげによって水の恩を知り、衣食住の大恩を覚り、贅沢なぞは夢にも思わず、どんな苦難に逢うも驚かず、悲しまず、いかなる反対や、熱罵嘲笑も、ただ勿体ない、有難い有難いで、平気で、社会に泰然自若、感謝のみの生活を楽しむことができるようになったのも、全く修行のご利益である。

それについて今一つ衣食住よりも、人間にとって尊く、有り難いものは空気である。
飲食物は十日や二十日くらい廃したところで、死ぬような事はめったにないが、空気はただの二・三分間でも呼吸せなかったならば、ただちに死んでしまうより途(みち)はない。
自分がこの修行中にも空気を呼吸することだけは許されたのは、神様の無限の仁慈であると思った。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0104

水の御恩なら、感じることが時々あるかも知れませんね。スポーツをしたり肉体労働をした後で「あ~喉渇いた~」というときに飲む水は最高に美味しいですね。

しかし空気の御恩は・・・海で溺れるとか、そういう時でないと、なかなか感じることはないかも知れません。

それにもまして重力の御恩というのは、全く感じることがないと思います。人類が無重力空間に出るようになって、そこで初めて分かったことです。

重力があることの有り難さ。
重力があるから、私たちは生きていけるのです。
重力がなかったら、私たちは宇宙空間に散り散りバラバラです。
重力があるから、立つことも、歩くことも、物を持つことも、ご飯を食べることもできるのです。
重力によって、この地球に繋ぎ止められているのです。

この地球とは、つまり国祖・国常立尊です。
国祖の大神様は私たちを重力で繋ぎ止めてくれているのですね。

そして重力というのは、私たちの足の下に向かっています。
いったいどこから重力は出ているのでしょう?
足の下をずっとずっと進んで行くと、地球の内部のマントルを突き抜けて・・・最終的には、地球の中心に到着します。
私たちは地球の中心から、国祖の神力によって繋がれているのです。
そしてそれは、地上に住むすべての人がそうなのです。すべての人が、地球の中心部で繋がっているのです。
人だけでなく、すべての生き物、石ころから木の葉に至るまで、すべてのものが、重力によって地球の中心部で繋がっているのです。

すべてのものは一つに繋がった生命体なんだ・・・と想うと、神の力の偉大さに魂を打たれます。