フランス同時多発テロ事件に思うこと

投稿:2015年11月16日

14日の朝、フランスで大規模なテロ事件が起きたことをニュースで知りました。時差が7時間あるので、現地時間では13日、金曜日の夜です。
その数日前(11/6)にはフランスが原子力空母をペルシャ湾に派遣してIS支配地域であるシリアへの空爆を強化するという発表があったばかりでした。
惨い事件です。復讐の連鎖にはうんざりです。
大方の予想通り、ISが犯行声明を出し、早速今日(11/16)フランス軍は報復のためシリアを空爆しました。
ちょうど昨日からトルコでG20が始まっており、テロと戦うという共同声明が発表されるようです。
死者130余人、負傷者350余人、サッカー場・飲食店・コンサートホールなど複数の場所で同時多発的に行なうという、大規模なテロでした。テロというよりは戦争と呼んだ方がふさわしい規模です。
日本も早速、集団的自衛権を発動させて、自衛隊をシリアへ向かわせることになるかも知れません。
この日のために安倍総理は安保関連法の制定を急いでいたのですね。

これらすべては、何者かが中東で戦争を再燃させるために仕組んだ出来レースだという見方もできます。あらかじめシリアの難民を大量に欧州に入れて社会問題化させておいたのも、その一環でしょう。難民問題を真に解決するにはISを倒してシリアを解放する以外にないからです。シナイ半島でロシア機が墜落しましたが(10/31)これもISによる爆破テロという見方が有力です。ロシアも空爆を強化することでしょう。
ただ事態が複雑なのは、ロシアはシリアのアサド大統領を支援しており、米国や西欧はアサド政権を倒すために反体制派テロ組織を支援しているということです。反体制派と言っても複数の勢力があり、そこにクルド人勢力も参戦して……これはもう泥沼です。
頭に血をのぼらせた人たちが、各自それぞれの正義のために戦っているわけですが、いったい彼らの脳裏にはどういう結末が描かれているのでしょうか?

それはもちろん「敵を倒して戦争が終わる」という結末だと思いますが、しかし「戦争が終わって欲しい」という概念と、「敵が倒れて欲しい」という概念とは、ちょっと違うのかなと思います。
敵が負ければ、戦争も終わるわけですが、ゾンビがいつまた甦るかも知れず、警戒は常に続けなくてはいけません。
逆の立場で考えてみましょう。仮にわが陣営が負けそうだったとしても、正義のために決して負けるわけには行きませんよね。表面的に降服したとしても、地下に潜り、レジスタンスで戦い続けることになるでしょう。
ゾンビは墓場で甦るときを待っているのです!
「正義を守る戦いは永遠に終わらない」──とハリウッドのゾンビ映画のラストにクレジットがよく出てきますが、つまり、そういうことです。敵を倒そうと思っている以上は、戦争は終わらないのです。

ところで日本ではゾンビ映画はアメリカほど流行りません。文化が異なります。
ゾンビ映画の恐さは──殺しても殺しても死なない、次から次へと現われて切りが無い、人の言葉が何も通じない──というところにあると思います。
日本でも、死者が甦って人間に危害を加える、という思想が古来からありますが、死体が甦るのではなく、怨念を持った死霊が現われて人に危害を与えます。それに人の言葉が通じ、意思の疎通は可能です。そして何よりも日本には「怨念を浄化する」という業があるのです!

これはとても重要なことです。
怨念浄化の思想も手段も持たない欧米では、ともかく理解不能な敵は倒して、屈服させる以外にないのです。しかし敵だって負けるわけには行かないので、それでゾンビとなって甦るのです。
日本には、敵の怨念を浄化して、敵を味方に変えてしまうという、極めて高尚な文化があります。
平将門の例に代表されるように、人に危害を加える悪霊を祀って、逆に人に恵みを与える存在に変えてしまうのです。

日本の「悪霊を鎮める(怨霊信仰)」という文化と、欧米の「悪魔払い(エクソシズム)」という文化は、全く異なります。悪魔払いはあくまでも悪魔を追い出す(倒す)ことです。
また「サタン崇拝(悪魔教)」とも異なります。サタン崇拝は悪の軍門に下ることですが、怨霊信仰は悪を言向け和して、浄化させることです。

シリアのゾンビバスターズに加わらなければならない日本政府・自衛隊は、致し方ないかも知れません。
しかしそれとは違う次元で私たちが、人々の怨念を浄化できる方法が、きっとあるはずです。日本文化の世界における役割が、そこにあります。