言向和(43) 憎しみの教育 その結果 寛容の精神に欠ける

投稿:2017年09月10日

ユーチューブにあった動画で、中国の大学の所長が次のように語っていました。
『マフィア化する中国の医療』の2:13から
http://youtu.be/p-FZZYkTkZ0?t=2m13s

医療事故を隠すために病院が暴力を行使して被害者の声を弾圧している、という社会問題に対するインタビューです。
そういう問題が発生する理由の一つとして、この所長は、
「我々が受けた教育は階級闘争の教育で、憎しみの教育なので、寛容の精神に欠けている」
と語っています。

階級闘争の教育とは、一言で言うと「敵を憎め」という教育です。
共産主義が「悪魔の宗教」と呼ばれる所以です。

この所長が言うように、たしかに共産主義国家の中国では、党・政府の命令で、「敵を憎め」という教育が行われているのでしょう。「反日」がそのいい例です。
その結果、人心が荒廃し、寛容の精神に欠けるようになってしまったと、この所長は嘆いているのです。

しかし。
これは共産主義国家特有のことではありません。
日本でも「憎しみの教育」は身近なところに転がっています。

たとえば、夫婦仲に問題があり、妻が夫をバカにしている家庭があります。
妻の方が夫よりも仕事のスキルがあって収入が多く、夫が無能な人間に見えて仕方がないのでしょう。
そして子供を自分の味方につけて「父親はダメ人間」と教え込み、一緒になって夫を非難・攻撃させているのです。
この妻はイデオロギーとは無縁の人であっても、やっていることは階級闘争そのものです。
知らず知らずのうちに、そういう態度を取ってしまっているのです。
果してこんな「憎しみの教育」を受けた子供は、どういう人間に育つのでしょうか?

階級闘争から生まれるものは、自己嫌悪です。
夫を非難し、父親を非難し、そこから生じるのは空しさだけではないですか?
そういう男と結婚し、あるいは、そういう親から生まれた自分自身が、情けないだけです。
いくら夫や父親を非難しても、自尊心というものは決して生まれません。
自己嫌悪するだけです。自己嫌悪するから、なおさら父親を非難するのです。

年中、ストライキばかりしている労働組合があったらどうですか?
経営者を非難攻撃するのもいいですが、それは結局「うちの会社はダメな会社だ」と言っているのと同じです。

年中、政府や社会を非難攻撃している野党や市民活動家やマスコミがいたらどうですか?
それは結局「わが国はダメな国だ」と言っているのと同じです。

中国や韓国のように年中、日本を非難攻撃している国は、結局「わが国は簡単に他国に侵略されるような弱い国だ」と言っているのと同じです。そんな国の国民は、自尊心が育たず、自尊心がないが故にますます他者を非難攻撃することになります。

「弱い犬ほどよく吠える」と言いますが、自尊心のない人ほど、他人を悪く言うものです。
しかし他人を悪く言ったからと言って、自分が良くなるわけではありません。
それどころか、自分が悪く言っている人(あるいは会社とか社会とか国家とか)に依存して生きていかなくてはいけない自分が空しくなるだけです。
余計に自尊心が傷つくだけです。

安倍政権・自民党を一生懸命に非難攻撃して来た民進党が、脱党者が続出して解党寸前ですが、そんなのも良い例です。安倍政権の支持率を急落させたのですから、本当なら万歳三唱で結束力が高まるはずでしょう。ここで政権奪取のチャンスじゃないですか!
しかし他人の悪口しか言えない党なんて、嫌気が差す人もまた多いのです。民進党の支持率は低下し、それでは選挙に勝てないと脱党したくなる気持ちもよく分かります。

ツイッターだのフェイスブックだのインターネットの普及で、誰もが声を上げることのできる時代です。
他者を非難攻撃することが「言論の自由」であり、それが社会の健全発展につながるかのような錯覚が広まっているように思います。

ですが実はそれは悪魔の罠なのかも知れません。
社会はますます悪くなり、自分自身も悪化して行くことになるのです。

誰かを非難攻撃したい気持ちになったときは、まずその気持ちを言向け和してみる必要があるのではないでしょうか。

(続く)


この文章は過去に次のところへ掲載した文章に加筆訂正したものです。
「言向け和すメールマガジン」2016年2月17日号