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言向和(41) 憎悪の昇華

Published / by 飯塚弘明
投稿:2017年09月06日

出口王仁三郎が書いた霊界物語には宣伝使と呼ばれる人が多数出て来ます。霊界物語の主人公で、救世主であるスサノオの大神が、三五教(あなないきょう)という霊団を導いており、その宣伝使たちがスサノオの手足となって、世界を言向け和すために地上のあちこちを旅して回るのです。

言向け和されるのは悪神・悪人だけではありません。一見、善人に見える人でも改心を迫られます(第13回参照)。何も悪い行為をしていなくても、妬み嫉み憎しみという想い自体が悪なのです。それが発生する凝り固まった感情を、言向け和して行くのです。

悪神(邪神)とか悪人とか言っても、最初から悪かったわけではなく、何かいろいろ世間の波に揉まれているうちに悪くなったわけで、改心すれば善神・善人となりますが、その背後に「邪霊」が存在することを王仁三郎は説いています。邪霊には三種類(八岐大蛇、金毛九尾の悪狐、六面八臂の邪鬼)あるんですが、これらは最初から邪悪な存在として誕生しています。
しかしこの邪霊ですら、言向け和して、人々のため、宇宙のために役立つ存在へと変えて行くのです。
悪いもの醜いものを斬り捨ててしまうのではありません。
悪しき想いを昇華させてミロクの世の建設に役立てて行くというのが、スサノオの大神のやり方です。

それが現実の人間界に顕れるとどうなるのか、ということで、その一つの例を紹介します。

   ○   ○   ○

「汝の敵を愛しないさい」と言われても、なかなかできるものではありません。
犯罪や戦争で愛する人を亡くした遺族にとっては、敵を憎み続けることが唯一の「生き甲斐」だという場合もあります。

しかしこの憎悪心を昇華して、世の中を良くするために邁進する人もいます。

昭和41年(1966年)年に、市瀬朝一さんは通り魔によって息子を殺されました。
犯人は捕まりましたが、市瀬さんは息子の恨みを晴らすため、裁判所内で被告(犯人)を殺そうとしたのです。
それは未遂に終わりましたが、憎悪をそのままダイレクトに爆発させて復讐したとしても、自分は捕まって処罰されるし、家族は喜ぶどころかさらに悲しみに沈むことになります。
場合によっては復讐された相手がさらに復讐してきて、憎悪が増幅・連鎖し、いい結果にはなりません。

次に市瀬さんは、通り魔のような犯罪をなくすために活動を始めます。
犯罪をなくすというのはなかなか難しいことですが、復讐ではなく、世の中を良くすることで、息子の怨みを晴らそうとしたのです。

自分と同じように、通り魔によって家族を殺された遺族の元を訪ね歩きました。
同じような境遇にあって、気持ちが通じやすいはずですが、しかし実際には必ずしも市瀬さんを快く迎え入れてくれるわけではなく、傷ついている遺族たちの中には「ほっといてくれ」と市瀬さんを追い返す人もいました。

当時の社会風潮として「犯罪に遭うのは、被害者の方にも何か非があるのでは?」という目で見る人も多かったようで、遺族の心境はなかなか複雑だったようです。

遺族の元を訪ね歩くうちに、市瀬さんは、遺族が経済的に困窮に陥っている家庭が多いことに気が付きました。
何の罪もない子供が殺されたことで精神的に参って、働く意欲が起きなくなってしまったり、一家の大黒柱が殺されて収入が途絶えてしまったり。

法律を調べてみると、交通事故や災害による死亡者の遺族を救済する補償金制度はあったのですが、犯罪被害者に対する補償金制度が存在しませんでした。

そこで市瀬さんは、それを法制化することを目指すことにしたのです。
経営していた会社を畳んで活動資金を作り、署名を集めたり、政治家を訪ねたり。

昭和49年(1974年)、三菱重工爆破事件(過激派による無差別テロ事件)によって死者8人、400人近い負傷者が出ました。
この事件が直接的な契機となって議論が高まり、昭和55年(1980年)に犯罪被害者給付金制度が制定されました。それまでの市瀬さんの努力が報われたのです。

講演「犯罪被害者運動の先駆者 市瀬朝一氏を偲ぶ」も参考にして下さい。

この市瀬さんがモデルとなった『衝動殺人 息子よ』という映画が昭和54年(1979年)に公開されています。(ウィキペディア

また2015年12月にはテレビ番組「アンビリバボー」で放送されているので、Youtubeを「アンビリバボー2015年12月3日」で検索すると出てきます。
https://youtu.be/JT6zsNJYyR4

   ○   ○   ○

憎悪心を燃やして敵に復讐しても、あまりいいことはありません。

とは言え、憎悪心をなくせ、敵を愛せ、と言われても、そう簡単にはできません。

第三の道として、この人のように、憎悪心を昇華させて、世の中を良くするエネルギーに転換するという方法もあるのです。

単に憎む気持ちをなくすよりも、これが世の中に一番役立つ方法かも知れません。

そして実際に世の中を良くすることができたなら、犯罪の被害に遭ったという「災難」も、実は神の「恵み」だったと思うことができるようになるかも知れません。
神は自分にこれをやらすために、あのような酷い災難を降り注いだのか──と。

なお、この法律(犯罪被害者等給付金支給法)は、市民の立法運動によって制定された日本で初めてのケースだそうです。
最初は犯人に対する憎しみの気持ちで動いていたかも知れませんが、それがやがて「犯罪を無くそう」、そして「被害者を救おう」という愛の気持ちへと、原動力が変わって行ったのです。

まさに、憎しみの感情が愛へと昇華したわけです。

(続く)


この文章は過去に次のところへ掲載した文章に加筆訂正したものです。
「言向け和すメールマガジン」2016年1月20日号