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笑うて返すは神心

Published / by 飯塚弘明
投稿:2017年05月09日

次は王仁三郎が詠んだ歌です。

睨(にら)まれて睨み返すは人心(ひとごころ)笑うて返すは神心(かみごころ)なり

解説は必要ありません。読んで字の如くです。
これが「人間心」(にんげんごころ)と「神心」の違いです。

殴られたら、殴り返すのが、人間。
殴られたら、笑顔を返すのが、神さま。

今までに色々なところで「返報返し」(へんぽうがえし)の話をしていますが、あれと同じです。

ご存知でない方もいると思うので、過去に書いたものの一部を手直しして再掲します。

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大本神諭に「返報返し」というセリフが何度も出てきます。
広辞苑で調べると「恨みに報いること。しかえし」という意味です。

この結構な日の本の神国を、外国魂(がいこくだま)の悪神(あくがみ)に自由自在に汚されて、神は誠に残念なれど、時節を待ちて【返報返し】を致すのであるから、心に当る守護神、人民は一日も早く改心致して、元の日本魂(やまとだましい)に立ち帰りて居りて下されよ。
──(明治四十三年旧四月十五日)

外国人よ、今に艮の金神が、【返報返し】を致すぞよ。
──(明治二十五年旧正月)

こういうフレーズが脅迫的・威圧的で、だから大本神諭は嫌い、という人がいます。
なるほど。。。そんな神様じゃあ、「真の神」とは思いたくないですね。。。

『聖師伝』という本に「返報返し」について王仁三郎が言及しているエピソードが載っています。
ちょっと長いですけど、引用してみます。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B100800c25#a043

筆者(注・高弟の桜井重雄)はかつて神諭に国祖・国常立尊が隠退され「口惜(くや)し残念をこばりておりた」とか「今に艮の金神が返報がえしをする」とかいう意味のことが示されていましたので、その意味について聖師におうかがいしたことがありました。

いやしくも国祖ともあろう神さまが、自分を押し込めた神々に対して報復するというようなことが、どうも合点がいかなかったからであります。

その時、聖師は「わしは今にみんなを喜ばして返報がえしをしてやるのだ」と言われました。

なるほど神諭は人間心では、わかるものではない、神心にならなければ、解釈することのできるものではないと、しみじみ思わしめられました。

「返報がえし」と言えば、われわれは直ぐにカタキをうつような意味にしか、とらないのであります。

地獄的な意志想念をもって神諭をいただけば、それ相応にしかうけとれないので、たとえて言えば、ちょうど鏡のようなものであります。

鏡に向かう時、そこに映るものは自分の姿であります。
神諭には自分の心の姿が映るのであります。

なるほど。その人の身魂(みたま)相応に読めるわけですね。

自分を攻撃した人に対して復讐をして「返報返し」をする。
これは普通の凡人の読み方です。
そういうことをするのが国祖の神様だったら・・・がっかりですね。

しかしそれは国祖ではなく、その人自身の身魂の投影であるわけです。
その人に、復讐心があるということに他なりません。

攻撃するというのは、何か恨みがあるということ。
恨みに対して、恨みで返すのではなく、喜びで返す。
自分を恨み憎んでいる人を、喜ばせてあげる。
これが国祖が言う「返報返し」の真義のようです。

これも「ことむけやわす」(言向け和す)の精神ですね。
素晴らしいです。
これがみろくの世の精神です。

私もそういう人になりたいと思います。

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──以上、お読みいただいた「返報返し」ですが、どんなふうに感じましたか?
そんな高尚な精神はわれわれ凡人には無縁・・・なんて思わないで下さい。

たとえば赤ちゃんが泣いているとき、親はどういう対応をするでしょうか?

「うるさい!だまれ!」
て怒鳴り返す親がいるでしょうか?

もちろん中にはそういう親もいるでしょうけど・・・(^_^;)
たいていは、赤ちゃんが泣いている原因を取り除こうとしますよね。

おむつが濡れているのかも知れないし、お腹が減っているのかも知れないし、
あるいは病気なのかも知れない。

そうして何とかして赤ちゃんを笑顔にさせてやろうと思うわけです。

このような親心が、神心です。

赤ちゃんは、言葉をしゃべることができないので、泣きわめくことで、自分が不快な思いでいることを表現しているのです。

これは実は大人も同じことだと思います。
胸に詰まった自分の気持ちをどう処理していいのか分からないとき、暴力行動に走る場合があります。
大声を出したり、暴れたり。

ときには無関係な人に八つ当たりしたりします。

国同士の戦争だって同じことです。平和的な方法(外交)で問題を解決できないときに、最終的に武力が行使されます。
北朝鮮と関係諸国がモメて一触即発の状態ですが、キム・ジョンウンだってどうしたらいいのか分からないのですよ。韓国もアメリカもどう解決したらいいのかわからないので、最後にはドガーンとミサイルをぶっ放すことになるわけです。

神様から見たら、人間はみなわが子です。
人間の暴力は、神様から見たら、赤ちゃんが泣き叫んでいるのと同じです。

喜ばして返報返しをしたい、と思うわけです。

そういう神心を、私たちも持っています。人はみな神様と同じ霊魂を与えられています。
偉人聖人だけが持っているわけではありません。

そういう神心で見たら、世界の諸問題にどういうアプローチが出来るでしょうか?
人々の泣き声も、怒りや憎しみの声も、みな赤ちゃんの叫び声です。

(この文章は「霊界物語スーパーメールマガジン」2014年11月13日号掲載の文章に加筆訂正したものです)