月別アーカイブ: 2016年4月

縁起譚 門松の起源

Published / by 飯塚弘明
投稿:2016年04月25日

霊界物語のちょっと気になる言葉を紹介します。

霊界物語には、事物の起源・由来を説明した、いわゆる縁起譚(えんぎたん)がいくつか記されています。その一つ正月の「門松」の起源です。

一般には門松は、歳神(としがみ)を迎える依代(よりしろ)として立てる、と言われているようです。
しかし王仁三郎によると、正月も含め五節句の習俗は艮の金神が表に出てこないように封じ込めるための呪術ということになります。
元旦  鏡餅  艮の金神の骨や肉
3月3日 草餅  艮の金神の皮膚
5月5日 チマキ 艮の金神の髪
7月7日 素麺  艮の金神の体の筋
9月9日 菊の酒 艮の金神の血液
また、正月の飾り物の鞠は艮の金神の頭、弓の的は艮の金神の目玉、そして門松は艮の金神の墓標を象徴しており、「艮の金神調伏の儀式」と呼んでいます。
(以上、『神霊界』大正9年(1920年)2月1日号、王仁「随筆」)

門松というのは、松竹梅を飾っていますが、松や梅ではなく、竹が、艮の金神の墓標ということになるのだと思われます。斜めに切った竹(削ぎ竹)を真ん中に立てていますよね。あれです。(参考
あれの起源が霊界物語に書いてあります。

第5巻第2章「松竹梅」より

邪神によって国祖が追放された後の地上神界は、盤古大神・常世彦が国祖に代わって主宰神の地位に就いた。
八王大神・常世彦は、表向きは盤古大神を奉戴していたが、煙たく感じて、「エデンの園」に宮殿を造り、聖地エルサレムから転居してもらった。

あるとき盤古大神の宮殿の奥の間の床下より、床を押し上げ突き抜き、太き筍(たけのこ)が二本生えだした。
見るみるうちに諸所に筍は床を持ちあげ、またたくうちに棟を(むね)突き抜き、屋内屋上に枝葉を生じ、ほとんど竹やぶと化してしまった。
盤古大神はこの光景を見て、国祖・国治立命の怨霊の祟りならんとし、大いに怒り、長刀を引き抜き、大竹を片っ端より切り捨て、門戸に立てた。
これが今の世に至るまで正月の門に削ぎ竹を飾る濫觴(らんしょう)(物事の始まりの意)となった

──なるほど。門松は、盤古大神が国祖の怨霊だと思って、床から生えた竹を切り払って門に立てたことから始まると。
ふう~ん、ほんとかよ~と思ってしまいますが、王仁三郎の言うことは一見バカバカしくても真実が秘されているので決してあなどれません、興味のある方は研究してみて下さい。

(ご注意:全体の一部分を抜き書きしているだけですので、前後の文脈を知りたいときは原文を直接読んで下さい。また、意味は一つだけはありません。行間を読むことで違った意味が見えて来ます。いろいろな角度から考えてみて下さい。)

縁起譚 老人が杖をつくことの起源

Published / by 飯塚弘明
投稿:2016年04月24日

霊界物語のちょっと気になる言葉を紹介します。

霊界物語には、事物の起源・由来を説明した、いわゆる縁起譚(えんぎたん)がいくつか記されています。その一つ「老人が杖をつく」ことの起源です。

第2巻第14章「水星の精」より

竜宮城の主神である稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)が病気になったのは、水星の霊石を汚れた場所に祀ったからだと、神示によって言霊別命(ことたまわけのみこと)は知った。そこで霊石を洗い清めて神殿に祭ると、稚桜姫命の健康は回復した。
しかしその後、稚桜姫命の健康がすぐれないことがあった。
常世姫は言霊別命の信用を失墜させるために、稚桜姫命に信書を送り「健康がすぐれないのは、言霊別命が水星の霊石を使って、呪詛して殺し、自分が竜宮城の主神になるためだ」とウソの情報を教える。
そのウソを信じた稚桜姫命は、言霊別命に「疑いを晴らして、野心がないことを証明したければ、水星を祭っているお宮を壊して、その石を大地に投げつけて砕いてしまえ」と厳しく迫る。

言霊別命は衆寡敵せず、涙を呑んで天に訴え、霊石に謝し、恭(うやうや)しく頭上に奉戴し、ついで麗しき芝生の上に擲(な)げつけた。
敬神に厚き言霊別命は、このとき熱鉄を呑む心地をせられたであろう。
たちまち霊石より旋風吹き起こり、その風玉(かざたま)は高殿(たかどの)に立てる稚桜姫命に当たり、高楼より地上に吹き飛ばされ、腰骨を挫き身体の自由を失い、非常に苦悶したもうた。
諸神司(しょしん)は群がりきたりて命(みこと)を介抱し、奥殿に担ぎ入れ、心力を尽して看護に余念なかった。
稚桜姫命は久しうしてやや恢復(回復)され、神務に差し支えなきにいたられた。
されど遂に不具となり、歩行に苦痛を感じたまうに立ちいたった。
言霊別命は庭園の八重梅の枝を切り、御杖(おんつえ)を作りてこれを奉った。これが老衰者の杖を用うる濫觴(らんしょう)(物事の始まりの意)である
ここに言霊別命は神威を恐れ千引の巌(ちびきのいわお)を切り、うるわしき石造の宮を造り、月読命の従神として、霊石を永遠に鎮祭し置かれた。

──なるほど。杖をつくのは、言霊別命が梅の枝で杖を作って稚桜姫命にプレゼントしたことから始まったと。
ほんとかよ~と思ってしまいますが、王仁三郎の言うことは一見バカバカしくても真実が秘されているので決してあなどれません、興味のある方は研究してみて下さい。

(ご注意:全体の一部分を抜き書きしているだけですので、前後の文脈を知りたいときは原文を直接読んで下さい。また、意味は一つだけはありません。行間を読むことで違った意味が見えて来ます。いろいろな角度から考えてみて下さい。)

ウラナイ教の特徴

Published / by 飯塚弘明
投稿:2016年04月23日

霊界物語のちょっと気になる言葉を紹介します。

ウラナイ教の特徴が記されている一文です。

第17巻第8章「蚯蚓の囁」(みみずのささやき)より

ウラナイ教は広い大八洲国(小八洲は日本、大八洲は世界の意)において直接に信徒を集めたるものただ一人もなく、ただただ三五教に帰順したる未熟の信者に対し、巧言令色をもって誘引し、かつ変性男子の系統より出でたる高姫を唯一の看板となし、世を欺くのみにして、根底の弱き事、砂上に建てたる楼閣の如く、その剥脱しやすきこと炭団(たどん)(炭の粉を丸く固めた燃料のこと)に着せたる金箔の如く、豆腐の如く、一つの要(かなめ)もなくただ弁に任し表面を糊塗(こと)するのみ
その説く所あたかも売薬屋の効能書の如く、名のみあってその実なく、有名無実、有害無益の贅物(ぜいぶつ)とは、いわゆるウラナイ教の代名詞であろうとまで取りざたされけり。
されど執拗なる高姫、黒姫は少しも屈せず……女の一心岩でも突きぬく、非が邪でも邪が非でもたとえ太陽西天より昇る世ありとも、いったん思い詰めたる心の中の決心は、幾千万度生まれ代わり死に代わり生死往来の旅を重ぬるとも、いつかないつかな、くじけてなろうか……との大磐石心(だいばんしゃくしん)、固まりきった女の片意地、張り合いもなき次第なり。

──ウラナイ教は
三五教の信者を引っ張って来ている
高姫だけが看板
表だけ立派で中味がない
てことです。

(ご注意:全体の一部分を抜き書きしているだけですので、前後の文脈を知りたいときは原文を直接読んで下さい。また、意味は一つだけはありません。行間を読むことで違った意味が見えて来ます。いろいろな角度から考えてみて下さい。)

「ウラ」ル教+アナ「ナイ」教=「ウラナイ」教

Published / by 飯塚弘明
投稿:2016年04月22日

霊界物語のちょっと気になる言葉を紹介します。

ウラナイ教の副教主・黒姫のセリフです。

第18巻第10章「赤面黒面」より

黒姫『(略)三五教もウラナイ教も、みな変性男子、変性女子と、経(たて)と緯(よこ)との身魂(みたま)が現われて錦の機の仕組をなさるのじゃが、しかしながら、素盞嗚尊は天の岩戸を閉めるお役で、大神様が、この世の乱れたやり方がさしてあるとおっしゃる。ナンボ神様のおっしゃる事でも……これだけ乱れた世の中を、治める事をおいて、乱れた方の御守護をしられてたまりますか。
そこで吾々は元は三五教の熱心な取次(とりつぎ)だが、今では変性女子のやり方に愛想をつかし、やむを得ず、ウラナイ教と名をつけて、神様の御用をして居りますのじゃ。
同じ事なら三五教の名が附けたいけれど、高姫や黒姫は、支部じゃとか、隠居じゃとか言われるのが癪(しゃく)に障るので、やむを得ず結構な結構なウラル教の「ウラ」の二字を取り、アナナイ教の「ナイ」の二字をとって、表ばっかり、裏鬼門金神の変性女子の教えはちょっともないという、生粋(きっすい)の日本魂(やまとだましい)のウラナイ教じゃ。お前も、同じ宣伝使になるのなら、喰わせものの三五教をやめてウラナイ教になりなされ。あなたのお得じゃ。いやいや天下のためじゃ』

──ウラナイ教は三五教の一派と言えます。三五教に入ったのだけど導師である変性女子(スサノオ、王仁三郎)のやり方が気に入らないので、別派を立てたわけです。
ウラル教の教祖はウラル彦ですが、その妻のウラル姫の娘が、ウラナイ教の教祖・高姫です。それで「結構な結構な」と黒姫が言っているのだと思います。
「ウラ」ル教 + アナ「ナイ」教 が 「ウラナイ」教ですが、「裏無い」教でもあるのです。しかし実際には・・・裏表が激しい高姫・黒姫ですけどね。(笑)

(ご注意:全体の一部分を抜き書きしているだけですので、前後の文脈を知りたいときは原文を直接読んで下さい。また、意味は一つだけはありません。行間を読むことで違った意味が見えて来ます。いろいろな角度から考えてみて下さい。)

「ブトの餅搗き」とは?

Published / by 飯塚弘明
投稿:2016年04月21日

霊界物語のちょっと気になる言葉を紹介します。

第14巻第13章「山上幽斎」より

弥次彦は夢中になって、汗をブルブル垂らしながら、蚋(ブト)が空中に餅搗きしたように、地上一尺以上を離れ、五六尺の間を昇降運動を開始している。

第16巻第19章「文珠如来」より

この時、天の一方より、今度は真正の火団(かだん)閃くよと見る間に、竜灯松(りゅうとうまつ)を目がけて、唸りを立て矢を射る如く降り来り、一同の前にズドンと大音響を発し、爆発したり。
火光はたちまち、花火の如く四方に散乱し、数百千の小さき火球となって、地上二三丈ばかりの所を、青、赤、白、紫、各種の色に変じ、蚋(ブト)の餅搗きする如くに浮動飛散し始めたる。

──ブトというのはブユとも呼ばれ、ハエの一種ですが、蚊のように人の血を吸います。(Wikipedia
さて、「ブトの餅つき」て何でしょう?
何年か前にネットで、ブトが餅つきしているような姿に言及しているページを見たのですが、今探しても見つかりません。
たしか飛んでいるときだったか、着地しているときだったか・・・よく忘れました。
何かご存知の方、教えて下さい。→ oni_do@ybb.ne.jp 飯塚弘明まで。

(ご注意:全体の一部分を抜き書きしているだけですので、前後の文脈を知りたいときは原文を直接読んで下さい。また、意味は一つだけはありません。行間を読むことで違った意味が見えて来ます。いろいろな角度から考えてみて下さい。)