カテゴリー別アーカイブ: 出口王仁三郎と霊界物語

「瑞能神歌」について

Published / by 飯塚弘明
投稿:2017年09月15日

王仁文庫 第三篇「瑞能神歌(みづのしんか)」を霊界物語ネットにアップしました。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B115003

瑞能神歌には
大本神歌
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B115003c03
いろは歌 その一
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B115003c04
いろは歌 その二
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B115003c05
の三つの神歌が収められていますが、実は今までも他の資料にほぼ同じものが掲載されていました。

大本神歌 → 大本史料集成 Ⅰ
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B195501c22031

いろは歌 その一 → 大本史料集成 Ⅰ
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B195501c22021
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B195501c22022

いろは歌 その二 → 大本史料集成 Ⅰ、出口王仁三郎著作集 第一巻
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B195501c2106
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B195301c03

これを元に校正し、ルビや脚注を付けて「瑞能神歌」としてアップしたものです。

瑞能神歌とは主に予言が記された歌なんですが、内容の解説はまた別の機会にすることとして、外形的な情報をここに記しておきます。


瑞能神歌の「解題」
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B115003c02
にも書いてありますが、三つの神歌の初出はそれぞれ次の通りです。

大本神歌
大正6年(1917年)12月1日・筆
『神霊界』大正7年2月1日号で発表
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=M192919180201c03(霊界物語ネットには未掲載)

いろは歌 その一
大正6年(1917年)11月3日・筆
『神霊界』大正6年12月1日号(「い」から「ふ」の段まで)、及び大正7年1月1日号(「こ」の段以降)で発表
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=M192919171201c03(霊界物語ネットには未掲載)
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=M192919180101c05(霊界物語ネットには未掲載)

いろは歌 その二
明治36年(1903年)9月10日・筆
『神霊界』大正6年11月1日号で発表
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=M192919171101c02(霊界物語ネットには未掲載)

これが後に一冊の本にまとめられ、王仁文庫の第三篇「瑞能神歌」として大正10年(1921年)1月に発刊されたのです。

当時の本をスキャンしたPDF復刻版が、霊界物語ネットの「書籍ダウンロード」でダウンロードすることが出来ます。(onibon_pdf_01.zip)
http://reikaimonogatari.net/dl.php

   ○   ○   ○

さて、最初に発表された神霊界誌上の神歌と、瑞能神歌収録の神歌とを較べてみると、細かい文字の違いはあるものの、ほとんど一緒です。

しかし、「いろは歌 その一」と「その二」の一部分に大きな相違があります。
脚注として本文中に入れておきましたが、その大きな相違点だけをここにも書いておきます。
脚注の設定はこちらをお読み下さい。総ての脚注を開いたり、非表示にしたり出来ます)

まず「いろは歌 その一」の「な」の段です。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B115003c04&mka=a357#a353
「御稜威もたかき大和路の」が、初出の神霊界では「罪も穢れも内藤の、家に集える信者を、大本王仁が引連れて、御稜威もたかき神の森、大阪本の文雄大人、其他あまた伴なひて、大和の国に名も高き」になっています。つまり王仁文庫に収録されるにあたり、ばっさりと短く切り落とされたのです。理由は不明。

次は「も」の段です。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B115003c04&mka=a926#a918
「道の審神者は経と緯」が、初出の神霊界では「未だ日も浅野王仁の大人」になっています。浅野和三郎の名を出したくなくて修正したのか?

次は「せ」の段。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B115003c04&mka=a940-a943#a938

神 「活動く時機を松の世の、東の国に冬小森、国の鎮めと木花の」
王 「活動く時機を松の世の、国の鎮めと木花の」

神 「咲耶の姫の弥固き、千代の常磐の岩下に」
王 「咲耶の姫の活動は、千代に八千代に動きなき」

それに続いて「す」の段。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B115003c04&mka=a9764a9765a9806-a9809#a976

神 「教御祖と諸共に、神の御教を王仁が」
王 「教御祖の神教に、服ろひ尽す真人が」

神 「咲哉木の花直日嬢、御代の一の大二に、誉も竜の宮の棟、十曜の星のキラキラと」
王 「咲哉木の花春の空、時代の栄へも弥広く、誉も竜の宮の棟、十曜の紋のキラキラと」

この「せ」と「す」の段は、他にも細かい文字の相違が多いんですが、神霊界では姓名折込歌になっているため、姓名に合わせた用字・文言になっています。しかし王仁文庫では姓名折込歌ではなくふつうの神歌になっているため、字句を改めたのではないかと思われます。

最後は「いろは歌 その二」の「く」の段です。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B115003c05&mka=a248#a243
「然も大道の中心を」の前に、神霊界では「手掛足懸色々に、」という文が入っています。

大きな相違点は以上です。

   ○   ○   ○

余談です。
「瑞能神歌」は基本的には予言歌のようですが、回顧歌も一部含まれています。
「いろは歌 その一」の「な」の段以降は回顧歌のようです。

「む」の段ですが、ここは、大正6年(1917年)4月23日に明治天皇の遠い親戚だった鶴殿親子(大本名は大宮守子)が初めて参綾し、その翌24日に、王仁三郎・鶴殿親子ら一行11人で吉野山へ神業に出向いた時のことが記されています。
その時の模様は神霊界の大正6年6月1日号p37~40に「山吹の花」という題名で詳しく載っていますが、まだテキスト化していません。
この吉野の御神業もいろいろ謎めいています。
『新月の光』の「吉野山」という項に、

大石凝先生は吉野山に金がある。厚さ三寸、巾三里、長さ十三里のがあると言われていた。(略)
王仁は大正六年四月二十四日、大勢つれて吉野山に見に行った。金峯山や八幡山にはあるが、これは嘘やと言って帰った。確かにある。金のあるところには、黄金草が生えているから判る。シダのようなものである。(昭和十八年)
〔新月の光(八幡版)下巻 p105〕

とあるのは、この時のことです。

「霊の礎」について

Published / by 飯塚弘明
投稿:2017年09月14日

霊の礎(たまのいしずえ)は霊界や霊魂の実相を王仁三郎が簡潔にまとめたものです。

最初は機関誌『神の国』誌上で発表され、大正11年(1922年)11月25日号から12年4月25日号にかけて掲載されました。
その後、霊界物語の巻末に収録され、全11篇が8巻に分散して収められました。下のリストがそうです。

ただし戦後、天声社から発刊された霊界物語の中には、収録されている巻が違っている場合があります。
霊界物語ネットの霊界物語は、愛善世界社版に準拠(戦前の版に準拠)しており、下のリストの通りです。(霊界物語ネットにリンクが張ってあります)

霊界物語の刊行後に、一冊にまとめられて『霊之礎』という本として発刊されました。
大正13年(1924年)に初版が出ており、霊界物語ネットの「ダウンロード」のページから、昭和5年(1930年)の第七版がPDFでダウンロードできます。(onibon_pdf_02.zip)
http://reikaimonogatari.net/dl.php


(1)第16巻
(2)第16巻
(3)第17巻
(4)第18巻
(5)第19巻
(6)第20巻
(7)第20巻
(8)第23巻
(9)第37巻
(10)第24巻
(11)第24巻

変性女子と、性的マイノリティ

Published / by 飯塚弘明
投稿:2017年07月14日

諸外国では同性婚を認める国も増えているようですが、王仁三郎は同性愛についてどのように述べているでしょうか。

同性愛だけでなく、性同一性障害、オカマ、トランスジェンダー、女装趣味など、性的マイノリティと呼ばれるもの全般について、特に肯定もしていなければ否定もしていません。

当時は性的マイノリティのジャンルが今ほど多様でなかったこともあるでしょうけど、せいぜい男色(だんしょく)くらいにしか言及していません。
それも、そういう人たちが昔からいるよ、という事実について述べているだけで、それを肯定的にも否定的にも捉えていません。
座談会の中で次のような会話が交わされています。聖師は王仁三郎、寿賀麿(すがまる)は王仁三郎の二女・梅野の夫。高見、井上、林は信者です。

【高見】 『男でも○○県に男娼という奴がありますが、ああいうのは、どうなんですかなア』
【聖師】 『古(いにしえ)からある。若衆とかいうて…。あれは女の風をさして白粉をつけていてそれを男が買いに行くのや。十三、四から十五、六くらいまで尻に毛が生えたらいかん』
【井上】 『女は買いに行かんのですか』
【聖師】 『女子も行くが男も行く。両刀使いや。それだから十五くらいを過ぎるとあかん。つまりその括約筋が固くなるし毛が生えて来るからいかん。男娼の事を陰間(かげま)という。それは頼朝がカゲマサという若衆を寵愛した事が始まりで、それをカゲマ カゲマと呼んだ。それでカゲマというのや。それを略してカマというようになったのや』
【寿賀麿師】 『オカマを掘ると言いますなア』
【聖師】 『古は男色というた』
【高見】 『しかし現在でもあると聞いてビックリしました』
【聖師】 『九州あたりでは結婚するまでに女に相手になると、みんなが相手にしなかったもんや。それで男の取り合いが激しかった。そのために生命の果たし合いをやったくらいや。あんな事ばかり書いた本があるよ。「男色物語」とかいうんだったと思ったが……』
【林】 『何だか汚いなア』
【聖師】 『そんなこと考えたら出来やへん。学生などには随分流行っている。それに兵隊に坊主……何しろ小姓(こしょう)を置いたらキット嬶(かか)の代わりをさしている。その方面では徳川家綱なんて有名やがな』
【寿賀麿師】 『女を小姓に化けさして無理にやらしたら、食ってみたらうまかったんだろ……ハヽヽヽヽ』
〔「出口王仁三郎聖師と出口寿賀麿氏を囲む座談会 第二夜(四)」〕
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B108500c07

というように、バカ話の中で男色のことが出て来るんですが、男色することについて特に肯定も否定もしていません。

霊界物語ではどうでしょうか。
霊界物語の登場人物はみな男か女かで、ゲイもニューハーフもいません。
男勝りの女は何人もいますが、オナベというほどではありません。
しかしたった一人だけ、異色の人物がいます。
第66巻に登場するサンダーという名の男性です。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm66

いつも女装しており、しかも絶世の美女だというキャラクターです。男装の麗人ならぬ女装の麗人です。
しかし恋愛の対象は女性で、スガコ姫というカノジョ(許嫁)がいます。
現代で言う、女装子(じょそこ)とか男の娘(おとこのこ)というやつです。
決して軟弱な草食男子ではなく、悪党に誘拐されたスガコ姫を救出に行くという、勇敢な面も持っています。
このサンダーの女装趣味に関して、特に肯定的にも否定的にも描かれていません。ただ単に、そういう人、というだけです。
カノジョのスガコ姫も、彼氏の女装趣味について、特に何とも思っていないようです。ですから表面的にはレズのカップルに見えることになります。しかし親も周りの人も、特に不自然には思っていないようです。
一体なぜ、このような女装者を登場させる必要があったのか? ストーリーの上から言ったら、サンダーは女に見えることを利用して、悪党のアジトに潜りこむんですが、そのためにわざわざ女装者を登場させたのでしょうかね?

ともかく王仁三郎は、性的マイノリティについて、良いとも悪いとも、特別な評価は下していないので、ここは自分で考えるしかありません。

以前にも書いたように、王仁三郎の教育論は天賦の才能を育む天才教育です。人間は、神様から与えられた天賦の才能を発揮して、地上天国ミロクの世の建設に貢献することが、この地上界に生まれて来た使命です。

性的マイノリティの人が、そうした方が自分らしいと思うなら──つまり、体は男だけど心は女なんだ、とか、自分は異性ではなく同性が好きなんだ、とか──それが自分本来の生き方だと思うなら、そうすればいいと思います。それが惟神(かんながら)ということです。アブノーマルではあっても、その人にとってはそれが惟神なのです。それもまた神の仕組です。それがどういう仕組なのかは人間が知るところではありませんが、まあ、何かワケがあるのでしょう。

しかし天地の公道(自然の法則)はしっかりと見定めねばなりません。
上の引用文で王仁三郎が、括約筋がどうのこうのとバカ話をしていましたが、しかし、そもそもお尻の穴はウンコをする穴であって、ペニスを入れる穴ではありません。アナルセックスは天地の公道に反する行為です。

タバコなんかもそうです。肺は空気を吸う器官であって、煙を吸う器官ではありません。私も実は20年間タバコを吸い続けて34歳の時に止めたんですが、モッタイナイ精神を発揮してフィルターぎりぎりまで吸い、肺の隅々まで煙を充満させていたので、肺の中はすっかり真っ黒けです。神様から預かっている肉体を、本来の使用方法とは異なる使い方をするのは、天に向かって唾を吐くのと同様で、しっぺ返しがあってもおかしくありません。

天地自然の法則に反することを続けていたら、後で何らかの弊害が発生する可能性があることは、しっかりと覚えておくべきです。

ところで王仁三郎は「変性女子(へんじょうにょし)」です。出口ナオは逆の「変性男子」です。
変性女子というのは、霊魂は女だけど肉体は男、という神業上の役柄です。
ということは、王仁三郎は性同一性障害か~~という見方も出来るわけですが、王仁三郎は霊魂が女だということであって、心が女だというわけではありません。
一般に性同一性障害者は、肉体の性と心の性が異なると感じているのであって、霊魂がどうのこうのという問題ではありません。
そして実は、霊魂上の男女というのは、仮に男とか女とか呼んでいるだけで、世間一般で言う男女とは異なります。
霊魂上の男とは、厳の御魂であり、四魂のうち、経の二魂(荒魂と和魂)が強く働く霊魂です。
また霊魂上の女とは、瑞の御魂であり、四魂のうち、緯の二魂(幸魂と奇魂)が強く働く霊魂です。

四魂

〔第10巻第29章、第13巻総説参照〕
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm1029
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm130003

このように変性女子とは霊魂上のことですので、性的マイノリティというわけではありません。

しかし王仁三郎は、

「王仁(私)は男で性が女であるが、髪の毛が濃く長くて多く、髭が少なく、身体が柔かで乳房が大きいところなど、肉体までが女に似ている」〔玉鏡「変性男子、変性女子」〕
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg593

と、かなりきわどいことも言っています。
まあたしかに女性ホルモンは多かったのかも知れませんね。
ご自分がそういう変わり者なので、性的マイノリティのことも、否定的には見ていないと思いますよ。

↓髪の毛を垂らした王仁三郎  たしかに髪の量が多そうですね。

王仁三郎

王仁三郎の生地・穴太と、古代山陰道

Published / by 飯塚弘明
投稿:2017年07月12日

王仁三郎が生まれ育った亀岡市「穴太(あなお)」の語源は「穴穂」で、穴太寺の住職は代々、穴穂家が務めているようです。

この穴穂の語源ですが──古代、雄略天皇(第21代天皇)の勅命で、丹後半島の比沼麻奈為神社から豊受大神が伊勢に遷宮して外宮が創建された時に、御神霊を運ぶ一行は徒歩ですので道中で何泊かするわけですが、丹波・穴太の上田家の庭がその「御旅所(おたびしょ)」に選ばれました。その時に御神霊にお供えしていた稲穂の種が、欅(けやき)の老木の腐った穴に落ちて、そこから苗が育った。それを稲を四方に植え広めたところから「穴穂」の里の名が起こった──ということを王仁三郎は言っています。

「瑞穂神霊」『玉鏡』
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg651

「故郷の二十八年」
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B195305c103

現在の穴太は、亀岡市の市街地から2キロくらい離れた、長閑な農村地区です。

↓瑞泉郷(王仁三郎の生家)を中心とした地図(グーグルマップ)
https://goo.gl/maps/NfZi1d32fUJ2

山陰道(国道9号)からもだいぶ離れているし、こんな場所になぜ神輿を運ぶ一行が泊まったのか…と疑問に思う人もいることでしょう。
私も疑問に思いました。山陰道から1キロ以上も離れた穴太に、わざわざ立ち寄らなくても、沿道にもっと適した場所があったのではないか…と。

調べてみると、古代の山陰道は穴太付近を通っていたようです。
武部健一『続 古代の道』(2005年、吉川弘文館)p19によると、古代山陰道は下の地図のようなかんじで、穴太近辺を東西に通っていたようです。

穴太付近の古代山陰道

これは現代の府道402号線(市街地)~407号線、そして国道372号線です。
なるほど。開化天皇(第9代天皇)を祭る小幡神社や、孝元天皇(第8代天皇)を祭る御霊神社があるのも、ここが僻地ではなく山陰道沿いだったことが分かると、何となくうなずけます。この道を通って、四道将軍の一人・丹波道主命(開化天皇の孫)は丹波を平定したのでしょう。

↓穴太寺  昔このお寺の境内にあった小学校に上田喜三郎少年が通ってタダアイ事件とか起きたわけですね。ふむふむ。前述の「故郷の二十八年」参照

穴太寺

宣伝使は神様の有り難いことを宣べ伝える使者

Published / by 飯塚弘明
投稿:2017年07月11日

王仁三郎は教えの宣教者を「宣伝使(せんでんし)」と名づけました。
「宣伝」という言葉は、現代では主に企業の商品をセールスする際に用いられるので、宗教の「宣伝」というと、何やら商売っ気のあるような感じがして、少々嫌らしく感じるかも知れませんね。

しかし昔は、商業に限らず、主義主張を宣べ伝えることを、広く「宣伝」と呼んでいたようです。
政治の世界では「街頭宣伝」という言葉がありますね。ナチス・ドイツに設けられた「宣伝省」という官庁がありますが、これはナチスの思想を宣伝する役所です。
思想の宣伝は英語だと「propaganda プロパガンダ」、商品の宣伝は「publicity パブリシティ」が使われるようですが、日本語だとどちらも同じ「宣伝」という言葉が使われています。

王仁三郎によると、王仁三郎が「宣伝」という言葉を使い出したので世間一般でも「宣伝」という言葉をしきりに使うようになった…なんて意味のことを言っています。

 この地上一切のいずれの宗教においても、布教師とか宣教師とか、あるいは教師とか云うておりますが、大本が初めて宣伝使とこれを唱えたのであります。霊界においては総てエンゼルと称えられ、また宣伝使といわれておる。それを地上に写して宣伝使と名を附けたのでありますが、この頃は、曰く防火宣伝、曰く交通宣伝、曰く何、曰く何等々盛んに用いられておる。
 大本が尖端を切った後をみな、総てが使うておる。…
〔「時代に生きてはたらけ」『出口王仁三郎著作集 第5巻』〕
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B195305c210

この宣伝使の「し」は、「師」でもなく「士」でもなく「使」です。神の教えを宣べ伝える「使い」です。
また宣「教」使ではなく宣「伝」使です。これについては王仁三郎は次のように述べています。

…なぜ他の宗教のように「教」の字をつけないかというと、それはすべての既成宗教は、みんな人の造った人造教であります。その人造教を開くのでありますから、布教師と云って差し支えない。しかし、この大本は宇宙の大元霊なる幽の幽にましますところの、吾々の目にも見えない、耳にも聞こえない本当に世界唯一の神様の意志を、私と開祖様が伝達司となって表示したものを、そのままに自分の考えを加えず、世の中へ伝えるのでありますから、宣伝使というのであります。もしも、たとえ少しでも自分の意志が入り、自分の勝手が入ったならば、これは宣伝使ではないのであります。
 仏教に諸善諸菩薩(しょぜんしょぼさつ)という言葉がありますが、この菩薩というものはちょうど、大本の宣伝使のようなものであります。しかし釈迦の教えはあの時代の婆羅門教(バラモン教)の、非常に苛酷な階級制度に反抗して起こったところの平等主義の教えであって、いわゆる釈迦その人が、昔からある印度の仏教及び婆羅門教、その他の宗教から脱出して、色々な宗教の粋を集めて一ツの社会主義的仏教を開いたのでありますから、やはりこれは人造教と云ってよいのであります。この人造教を布教宣伝する人を菩薩と唱えておるのであります。
 大本の菩薩はこれとは少し意味が違うのであって、いわゆる菩薩以上のものであります。仏の方では如来(仏)と云っている。仏ということは先覚者、証覚者というような意味であるが、本当の宣伝使なれば、これは如来の働きをするのであります。だから神様そのままの教えをするのが宣伝使であります。そういうふうに宣伝使というのは尊貴な職責でありますから、最も勇気がなければならず、最も人に優れた正しい智慧を走らせ、最も人に優れた光がなければいかず、最も人に優れた所の信がなければいけないので、いわゆる勇親愛智の四魂の働きが、すべての凡俗に超越しておらなかったならば、宣伝使の役は務まらぬ、誰も聞く者がないのであります。それでどうしても宣伝使は、勇親愛智のこの四つの霊魂──これをばどこまでも活用せねばならぬ。
〔「皇道大本は宇宙意志の表現」『出口王仁三郎全集 第2巻』〕
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B121802c119

なるほど。勝手に教えを作るな、ということですね。

私も20代の前半、まだ王仁三郎と出会う前には、いろいろと教えを作りましたが(笑)、やはり王仁三郎にはかないません。霊界の様子なんて、とうてい私如きには分かりませんから、いろいろと勝手に作るわけです。それはそれで想像力を働かせるので楽しいですが、しょせんは人工物ですね。SF小説と変わりません。神の教えとは、ほど遠いものです。

ところで私は平成21年(2009年)頃から、霊界物語の普及のために、講座をやったり、ブログを書いたりと、いろいろと活動を始めたのですが、その時にさんざん悩みました。
霊界物語を解説するというのは、どうしても我意が入るのです。自分の意見です。そのまま読んでも難解だから、解説する必要があるわけで、初心者にも解りやすく説明しなくては、普及には繋がりません。しかし解りやすく説明するには、どうしても大胆に解釈して行かねばならないので、かなりズレてしまう可能性もあるのです。そうすると、勝手に教えを作ることになりはしないか、神の道を外れることになりはしないか、とあれこれ悩みあぐねました。
これは宗教神経症です。強迫神経症の一種です。宗教の信者というのは多かれ少なかれ、この強迫神経症にさいなまれています。フロイト曰く「宗教は人類全体がかかっている強迫神経症である」。
本来、こういった強迫観念から解放し、人間を自由にするために宗教があるのですが、その宗教が新たな強迫神経症を生みだして行くのですから、なかなか世の中は一筋縄では行きません。

そこで私が取った対策は「霊界物語を直接読んでもらう」ということです。
私がいろいろ何だかんだ言っても、実際のところは霊界物語を直接読んで自分で考えて下さい、ということで、出典をなるべく細かく記載しているのです。
要するに、『霊界物語ネット』で読んでもらうことを担保にして、いろいろ好き勝手なことを言わせてもらってるわけです。

神の道の取次(とりつぎ)としては、人を、自分の話に繋ぐのではなく、神様に繋ぐことが肝要です。
取次というのは、トーハンとか日販とかのことではなくて、人間と神様を取り次ぐ人のことです。「宣伝使」は王仁三郎だけが使っている特殊な専門用語ですが、「取次」はもう少し一般的な用語です。
宣伝使とか布教師とか宗教家とか、霊能者とか占い師とかチャネラーとかスピリチュアル・リーダーみたいな人は、みな取次です。私もいちおう取次です。
この取次としての自覚が足りないと、人を、自分に繋いでしまうのです。自分を権威者とし、自分の話を信じこませ、囲い込む。要するに自分のお客さんにしてしまうのです。本当は神様のお客さんなんですから、神様に繋げなくてはいけないのに、それを自分が横取りしてしまうのです。
重要なのは神様とその人との関係であり、それを繋ぐのが取次です。人々を神様の方に向けるのが仕事です。
私の場合は王仁三郎・霊界物語を通して、それを行っているわけですが、私が好き勝手なことをしゃべっても、人を私のところにとどめるのではなく、王仁三郎・霊界物語へと向かってもらうようにしておけば、それでいいかなと思っています。
もちろん究極的には、王仁三郎・霊界物語からも離れて、直接神様と繋がってもらうようにすべきです。

さて、先ほどの引用文に「菩薩」という言葉が出て来ましたが、菩薩とは、自らの救済、そして人々の救済を目指して修行する人です。
そういう意味では私も菩薩でした。

しかし、人間には、人間を救う資格なんてない、と霊界物語で教えられています。人を救うのは神の業であり、人が人を救うなんて思い上がりもはなはだしい、というわけです。
第46巻で、魔我彦と天使の会話の中に出て来ます。

魔我彦「…吾々は自分の身を救うて、それで決して満足は出来ませぬ。憐れな同胞の身魂(みたま)を救ってやりたいのでございます。宣伝使の必要も吾が身を救うためではございますまい。ここをハッキリと御教示願いたいものでございます」

天使「宣伝使は読んで字の如く、神の有り難きこと、尊きことを体得して、これを世人(よびと)に宣べ伝うる使者である。決して一人なりとも救うべき権利はない。世を救い、人を救うは即ち救世主の神業である。ただ宣伝使たるものは、神の国に至る亡者引(もさひき)である。この亡者引は、ややもすれば眼(まなこ)くらみ、八衢(やちまた)にさまよい、或いは根底(ねそこ)の国に客を導き、自らも落ち行くものである。それゆえ何事も惟神に任すが一等だ。何ほど人間が知識ありとて、力ありとて、木の葉一枚生み出すことも出来ないではないか。一塊(いっかい)の土たりとも産出することの出来ない身を以て、いかでか世人を救う力あらむ。ただ宣伝使及び信者たるものは、神を理解し神の国の方向を知り、迷える亡者をして天国の門に導くことを努むれば、これで人間としての職務は勤まったのだ。それ以上の救いは神の御手(みて)にあることを忘れてはなりませぬ」
〔第46巻第18章「エンゼル」〕
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm4618#a240

つまり、
取次の仕事は、神様の有り難いこと、尊いことを人々に伝え、神様の方に導くこと。
それだけやれば十分で、後は神様にお任せしましょう。