喜三郎の修業 (19) 悪魔は善良な人に憑きたがる

投稿:2020年05月25日

前々回(17)で書き忘れたことがありました。

上田喜三郎が綾部に移住するまでは、出口ナオは金光教の看板を借りて活動していて、足立正信(あだち まさのぶ)という名の金光教の布教師が活動を仕切っていましたが、第1巻第17章「神界旅行(四)」に出て来る「足」という名の鬼は、この足立に相応するようです。

…山を降って少しく北に進んで行くと、小さな家が見つかった。自分は電気に吸い着けらるるごとく、たちまちその門口に着いていた。そこには不思議にも、かの幽庁にいられた大王が、若い若い婦(おんな)の姿と化して自分を出迎え、やがて小さい居間へ案内された。自分はこの大王との再会を喜んで、いろいろの珍しい話しを聞いていると…
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霊界で見たことが、後に現実界に事象となって起きて来たのですが、上記の出来事は、出口ナオとの面会という形で現実界に顕れたのです。
そのもう少し後ろの方に「足」が出て来ます。

…にわかに虎が唸るような、また狼が呻(うめ)くような声が聞こえてきた。
よく耳を澄まして聞けば、天津祝詞や大祓の祝詞の声であった。それらの声とともに四辺は次第に暗黒の度を増しきたり、密雲濛々(もうもう)と鎖ざして、日光もやがては全く見えなくなり、暴風にわかに吹き起こって、家も倒れよ、地上のすべての物は吹き散れよとばかり凄じき光景となった。
その濛々たる黒雲の中より「足」という古い顔の鬼が現れてきた。
それには「黒」という古狐がついていて、下界を睥睨(へいげい)している。

「黒」というのは、黒田清子という幽斎修業者(信者)のことのようです。
第38巻第7章に次のように出ています。

…喜楽は(略)上谷(うえだに)の四方伊左衛門という人の家の修行場へ出張してみると、役員も神懸りも村の人達も、老若男女の分かちなく、悉皆(しっかい…皆ことごくの意)福島(寅之助)について、高い不動山の上へ上ってしまい、あとには黒田清子と野崎篤三郎とが修行場の留守をしていた。そして黒田には悪狐の霊が憑って、喜楽の行ったのも知らずに、何事か一人でベラベラとしゃべり立てつつあった。
野崎はそのそばに両手をついて、おとなしく高麗狗(こまいぬ)然として畏まっていた。
喜楽の顔を見るなり、野崎は驚いて、黒田清子に耳打ちをすると、黒田はたちまちに仰向けになって、
黒田『上田来たか、よく聞けよ。この方は勿体なくも素盞嗚尊であるぞよ。お前が改心出来ぬために、気の毒ながら綾部の金明会は灰にしてしまうぞよ。(略)』
とベラベラと際限もなくしゃべり立てる。喜楽はいきなり、
喜楽『コラ野狐、何を吐(ぬか)すか。そんな事があってたまろうか。コリャ野狐、正体をあらわせ!』
と後ろから手を組んで『ウン』と霊をかけると、清子はたちまち四つばいになって、
『コーンコン』
と鳴きながら、家の裏山へ一目散に駆け出した。
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キリスト教圏ではこれは要するに悪魔払い(エクソシスム)です。
神父さんが十字架を突き出して「サタンよ出て行け~!」と叫んで、おどろおどろしいことになるわけですが、霊界物語のこの悪魔払いは、滑稽ですね。
四つん這いになって「コーンコーン」と鳴きながら裏山に駆けていったなんて、ホラー映画ではなく、コメディ映画的ですね。

さて、福島寅之助のことが出て来ましたが、出口ナオの三女・久子と結婚した福島寅之助もまた、喜三郎の活動を妨害していた一人です。
要するに、大本が(艮の金神が)世に出ることを阻止するため、邪神界が動いていたのです。

第37巻の一番最後の章である第25章「妖魅来」に、福島寅之助の妄動が出て来ます。

…福島寅之助は上谷(うえだに)の村中に響きわたるような大音声(だいおんじょう)で、
福島『丑の年に生まれた寅之助は、福島ただ一人であるぞよ。それじゃによってこの方が誠の艮の大金神であるぞよ。上田は未の年の生まれ、出口直は申の年生まれであるぞよ。ようやく二人合わして坤の金神じゃぞよ。二つ一つじゃぞよ。とてもこの福島寅之助には叶わぬぞよ。サア皆の者ども、これから今までの取り違いをスッパリ改心致して、この方にお詫び致せば今までの罪を許してやるぞよ(略)』
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なるほど。「丑」の年に生まれた「寅之助」だから自分が本当の「丑寅(艮)の金神」だと言うのです。
邪神界はこういう下らないレトリックで正神の出現を妨害するのですが、しかしこんな下らない話に引っ掛かってしまうような人もいるのです。

一般に、大きな話より小さな話の方が、入りやすいし分かりやすいし、大衆には受け入れやすいです。
艮の金神(国常立尊)というのはこの地球の神霊ですが、地球的規模の話よりも、小さな体の人間を生神と崇めることの方が、広まりやすいのは事実です。
出口ナオや王仁三郎の御神業というのは、そういうちっぽけな話ではないのですが、邪神勢力が、それを矮小化して、大本神業を潰してしまおうとするのです。

邪神に憑かれた福島寅之助らの妄動はエスカレートして行きます。
先ほどの文章の続きを読んでみましょう。

…などと赤裸(まっぱだか)となり妖魅がうつって、教祖の筆先の真似ばかりを、のべつまくなしに呶鳴りちらして始末におえない。
喜楽は直ちに神界に祈願をこめ鎮魂を修した。
そのため、いったん邪神の暴動が鎮定したが、またほかの神懸りにも沢山の妖魅の同類がうつって福島の神に加勢をする。
ついには神懸り一同が口を揃えて、
『皆の者よ。シッカリ致さぬと、上田の曲津にごまかされて、ヒドイ目にあわされるぞよ。誠の艮の金神は福島大先生に違いはないぞよ』
と叫ぶのを聞いた福島は、再び邪神におそわれて、黒い濃い眉毛を上げたり下げたり、目を剥(む)いたり、腕をふり上げたり、飛んだりはねたり、尻をまくってはねまわったり、畳は穴があき床はおつる、ドンドンドンと響きわれるような音をさして、非常に大騒ぎを再演し出したので、田舎人が珍しがって、四方八方から毎日々々弁当持ちで見物に来る。

怪獣大戦争のような状況ですね。
しかし、弁当持って見物人が来るというのですから、何とものどかな時代ですね。
現代だったらたちまち警察とマスコミの餌食にされてしまうことでしょう。

ところで、邪神に憑かれた福島寅之助というのは、邪神に憑かれるような奴だから、よっぽど悪い奴なんだろうと思うかも知れませんが、全く逆です。悪い奴どころか、人間界的には良い人だったようです。
この章(第25章)の最後に、次のように書いてあります。

…そしてイの一番に叛旗(はんき)をかかげたのは福島寅之助氏であった。
元来福島は正直の評判をとっている、人間としては申し分のない心掛けのよい人である。
妖魅という奴はなかなか食えぬ奴で、世界から…彼は悪人じゃ、不正直だと見なされているような人間にはメッタに憑るものでない。
たとえ憑ってみた所でその人物に信用がなければ、世人が信用せないことを知っているからである。
そこで悪魔は必ず善良なる人間を選んで憑りたがるものであるから、神懸りの修行する者はよほど胆力のある智慧の働く人でないと、とんだ失敗を招くものである。
良き実を結ぶ木には害虫がわき易いものである。菊一本にても、大きい美しい花の咲くものには虫がかえってよけいにわくようなもので、正直だから善人だから、悪神がつくはずがないと思うのは、大変な考え違いである。
あゝ惟神霊幸倍坐世。

なるほど。
悪魔は必ず善良なる人間を選んで憑りたがるもの
というのは重要ですね。
これは第65巻第25章で初稚姫が
悪の強い欲の深い者はみな聖地に来て何か思惑を立てようとする
と教え戒めているのと同じことです。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm6525#a223

善良な人、清純な人ほど、慢心取り違えて悪魔に憑かれないよう常に用心せねばなりません。
もっとも、自分で「自分は善良だ」「自分は清純だ」と思っているような人は、その時点でもうすでに悪魔に取り憑かれている可能性が高いですけどね。(^_^;)

(続く)


この記事は『霊界物語スーパーメールマガジン』2017年11月23日号の記事に加筆訂正したものです。(メルマガ登録ページはここをクリック