喜三郎の修業 (8) 松岡仙人と木花姫命

投稿:2020年04月08日

前回、喜三郎(霊界物語中では雅号の「喜楽」)が大霜天狗に騙されて牛の糞を掴まされたことを書きました。
この大霜天狗の正体は、実は松岡仙人だったことが第37巻第10章「矢田の滝」で明かされています。
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm3710
(次は意訳です)

喜三郎「あなたは大霜だと言っているが、違うでしょ。しゃべり方が松岡さまっぽい」
大霜天狗「松岡でも大霜でも構わんじゃないか。お前の魂さえ研けたらいいのじゃ」「本当は松岡だ。山に金を掘りに行かせたのも、牛の糞を掴ませたのも、みなこの松岡だよ。アハハハハ」

喜三郎に懸かっている松岡仙人は大霜天狗と名乗り、喜三郎から金の執着を無くすために試練を与えていたのでした。

そして今度は、喜三郎に水行させるために穴太から少し離れた「矢田の滝」へ連れて行きます。
その途中に糞壺(田畑に撒く肥料にするための肥溜め)がありました。すると松岡仙人は喜三郎に、真っ裸になってその糞壺に入り、身魂の洗濯をせよと命じたのです。

何とも意地悪な松岡仙人です。
こんなことも修業の一環なのでしょうか? (^_^;)

喜三郎は、こんな臭い所に入れるか、と拒否します。
しかし松岡仙人に「糞より汚い身魂(みたま)を持っていながら、糞が汚いとは何をぬかすのだ!」と大声で叱責されて驚き、仕方なく裸になって糞壺に入ろうとします。

すると今度は松岡仙人は慌ててそれを制止しました。「それさえ分かれば、もうよい。お前の肉体は自分が懸かる機関だから、実際に糞壺に入られたら自分も困る」
ずいぶん自分勝手な松岡仙人ですが──神の命を素直に実行するか、喜三郎を試してみたのです。

この時はまだ喜三郎は、松岡仙人を100%信じていたわけではないので、こんなふうにウソばかり言って何度も自分を失敗させるような奴は邪神ではないかと疑っていました。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm3710#a120

松岡仙人はもともと、天教山(富士山)の木花姫命(このはなひめのみこと)の使者だけあって、この松岡仙人のキャラクターは霊界物語の木花姫命に似ています。
木花姫命は霊界物語の各所において、三十三相に変化して(つまり色々と姿を変えて)人々の前に現れ、教え導きます。
時にはバカにしたり、脅したり、一見、邪神や邪霊かと思うような態度で現れる場合が多々あるのです。
神話学や心理学で言う「トリックスター」の役割をしています。

善神なのに、悪神的な行為をするのは、何とも不可解なことですが、しかしよく考えてみると、私たちが生きていく上で何らかの「教訓」を得る時というのは、嫌な人と応対したり、悪い出来事が起きたりした時が多いのではないでしょうか?

『これを教訓に心を改めよう』と思うときは、その人にとって何か悪いことが起きたからです。
そういう時、それは木花姫命が導いている可能性があります。
そのことに気がつけば『教えていただきありがとうございます』と感謝の念が自然に湧き起こることでしょう。

さて、松岡仙人は「矢田の滝」に喜三郎を連れて行きました。
それは亀岡のどの辺りにあるのかと言うと、こちらのブログを見て下さい。この亀岡の地図の右端にあります。
http://iizukahiroaki.com/?p=1196

矢田の滝は穴太から南東に直線で3キロほど離れたところにあります。
喜三郎はその矢田の滝で一週間の水行をした後、穴太の自宅で宗教活動を開始しました。〔第37巻第11章「松の嵐」〕
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm3711

それは主に、霊能力を駆使した病気直しや託宣でした。

(続く)


この記事は『霊界物語スーパーメールマガジン』2017年10月16日号の記事に加筆訂正したものです。(メルマガ登録ページはここをクリック