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喜三郎の修業 (5) 床縛り

Published / by 飯塚弘明
投稿:2020年03月29日

明治31年(1898年)旧2月9日(新3月1日)の夜、松岡芙蓉仙人に高熊山に連れて行かれた喜三郎は、それから一週間、岩窟の中で霊的修業を行います。
その模様はここでは飛ばします。
第1巻の前半(第1~19章)に書いてあるので、そこを読んで下さい。
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0101

その間、家族や友人らがどうしていたのかが、第37巻第6章「手料理」に書いてあります。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm3706

2月9日夜から喜三郎の姿が見えなくなったものの、家族や友人たちは、喜三郎はケンカで負けた憂さ晴らしに亀岡あたりに散財に行ったか女のところにでも行ったのだろう…とあまり気に留めていませんでした。

しかし2~3日経っても帰って来ないため、心配になり、隣近所も巻き込んで大騒ぎになりました。
それで、新興宗教や霊能者の類に託宣をもらうと、喜三郎は自殺しそうだとか、駆け落ちしただの、牧場の売り上げを持ち逃げしただのと、いい加減なことばかり言います。

そうこうしているうちに、喜三郎が帰って来ました。
2月15日正午前のことです。
「一週間」の高熊山修業とよく言いますが、それは足かけ7日間の意です。
2月9日の夜から、15日の正午前までなので、実質的には約5日半です。

帰宅した喜三郎は周りの人たちから、どこで何してたんだと質問攻めに遭います。
ですが喜三郎は、神様の修業に行って来ました、と言ったきりで後は無言でいました。

…代わる代わる四~五人の親切屋が、何とかカンとか云って忠告や意見をしてくれる。自分は神勅を重んじ、無言で聞いているばかりであった。
また何ほど弁解してみた所で、神さまの御用で行ったなどと説いても駄目だからである。
〔第37巻第6章〕
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm3706#a113

たしかにそうでしょうね。
今まで俗っぽい人生を送って来た人が突然、神様の御用で…なんて言い出しても、誰も信用してくれないでしょうね。

喜三郎は食事をして空腹を満たした後、急に眠気が襲って来て、部屋の中で横になりました。
そして帰宅後の喜三郎はここからさらに一週間の修業をすることになります。

本書は王仁(わたし)が明治三十一年旧如月(注・2月のこと)九日より、同月十五日にいたる前後一週間の荒行を神界より命ぜられ、帰宅後また一週間床縛りの修業を命ぜられ、その間に王仁の霊魂は霊界に遊び、種々幽界神界の消息を実見せしめられたる物語であります。
〔第2巻序〕
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm020001

とあるように、「床縛りの修業」です。
金縛りのように動けなくなってしまったのです。

しかしこの日の修業は苦しいものではありませんでした。
「その間の楽しさは、後にも先にもなき有様であった」〔第37巻第6章〕
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm3706#a127
と言っています。苦しいどころか逆に楽しかったようです。

喜三郎はほぼ丸一日眠っていて、16日の午後二時頃に目ざめました。
しかし17日早朝から体が変になって来て、ここから一週間の床縛りが始まります。

催眠術でもかけられたように、四肢(しこ)より強直を始め、次いで口も舌もコワばって動かなくなった。
最早一言も口を利くことも、ちょっとの身動きをすることも出来ぬ、生きた死骸のようになってしまった。
しかしながら耳だけは人々の話し声がよく聞えている。
懐中時計の針の音までが聞えるくらい、耳だけ鋭敏になっていた。
家族や株内の者がよってたかって、いろいろと撫でたりさすったり、やいとを灸(す)えたりしている。
〔第37巻第6章〕
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm3706#a148

こんな状態です。
横になったまま、体が動けなくなってしまったのです。
わずか数十秒の金縛りでも苦しいのに、何日間も動けなくなってしまうなんてさぞ苦しかったことでしょう。
高熊山の岩窟での修業もずっと正座したままだったし、動けない修業ばかりですね。

大正10年2月の第一大本事件までの王仁三郎の人生は、動きたくても動けない、時が来るまでジッと我慢…みたいなことが多いですが、それ以降になると逆に、動いて動いて動き回る…みたいなことになって来ます。
そして昭和10年12月の第二次大本事件以降は、動けない獄中暮らしだし、王仁三郎の人生は動と静の差がとても激しいです。

さて、喜三郎が身動きしなくなったため、周りの人たちはてんやわんやの大騒ぎになりました。
医者を呼んだり、宗教家や霊能者を呼んだり。
23日の朝になって、ようやく床縛りの修業が終わりました。
17日から数えて足かけ7日間、満6日間です。
この一週間の床縛りの修業は、高熊山岩窟での修業と同じような霊的修業だったようです。つまりその間、霊魂だけで霊界探検に出かけていたのです。

霊界物語の最初の方の巻では、章の末尾に…ふと気が付くと霊界から現界に戻っていた…ということが話のオチとして書いてある場合が時々あります。
「…その一刹那、松吹く風の音に気がつくと、豈計らんや、自分は高熊山のガマ岩の上に端座してゐた。」〔第1巻第14章〕
とか
「…ふと眼を開けば、身は高熊山の巌窟の前に寒風に曝されてゐた。」〔第1巻第50章〕
というようにです。

もう少し後ろの方になると、自宅での床縛りの修業のシーンがオチとして使われているケースが出て来ます。
「…その痛さに気が付けば王仁は、宮垣内(みやがいち)の茅屋(ぼうおく)に法華坊主の数珠に頭をしばかれ居たりける。」〔第15巻第9章〕
とか
「…この音に驚いて目を覚せば、宮垣内の賤(しづ)の伏屋(ふせや)に、王仁の身は横たはり居たり。堅法華(かたほっけ)のお睦(むつ)婆アが、豆太鼓を叩き鐘を鳴らして、法華経のお題目を唱へる音かしまし。」〔第16巻第8章〕
というようなかんじです。(宮垣内は穴太地区にある地名で、茅屋とか賤の伏屋というのはオンボロ家の意)

この法華がどうのこうのというのは、第37巻第6章に出て来る「京都の請願寺の祈願僧」や「法華経信者のお睦婆アサン」のことだと思います。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm3706&mky=a230a261#a230
しかし……第15~16巻に書いてあっても、第37巻を読まないと意味が分かりませんよね。(^_^;
私も最初は、法華がどうのこうのというのは全く意味が分かりませんでした。
霊界物語はなかなか読者に不親切な構造ですが、全体が見えてくると、楽しくなって来ます。

さて、喜三郎はこうして、高熊山で一週間、自宅で一週間の計二週間、霊的修業をさせられました。
この二週間で今までの人生に別れを告げ、新しい人生にチェンジしたのです。

しかしその間に体験した霊的な体験は、主観的なことですから、他人に話をしてもなかなか伝わりません。
夢でも見たか、妄想か、あるいは精神がおかしくなったか思われて、いずれにせよ口で伝わらないことは、自ら体験してもらわないと伝わらないことでしょう。

床縛りの修業から明けた後、喜三郎は人を集めて幽斎修業、つまり神懸かりの修業に着手しました。
人々に心霊現象を体験し、見聞してもらい、霊界・霊魂の実在や、神の実在を信じてもらうためです。

(続く)


この記事は『霊界物語スーパーメールマガジン』2017年10月5日号の記事に加筆訂正したものです。(メルマガ登録ページはここをクリック