霊界物語で民主主義が否定される理由

投稿:2017年06月30日

前回からの続きです。

すでに書いたように、霊界物語では民主主義が悪神の仕組のような見方をされています。
伊都能売神諭(開祖昇天後に王仁三郎に国祖が懸かって書いた神示)でも

「今の人民のように民主主義に精神を奪られておるような事では、今度は八岐の大蛇に自由自在に潰されてしまうから…」〔大正八年二月二〇日

とか

「民主主義を唱える鼻高が出来て来て、何も知らぬ日本の人民が学者の申す事を信じて、それに付和雷同してつまらん事を致すように曇りてしもうているから…」〔大正八年三月七日

など、民主主義が否定的に出て来るので、これをどのように捉えればいいのか、私の懸案の一つでした。
そして、民主主義がダメなら、何ならいいのか、と。
そのことにある程度の道筋を付けないと、人類が向かうミロクの世を指し示すことが出来ません。

さて、世界には民主主義でない国はいくつもあります。その中にはうまく行っている国もあります。たとえばサウジアラビアやアラブ首長国連邦は絶対君主制ですが、国民の民主化要求はそれほど大きくありません。これらの国は、原油を売ったお金が湯水のようにあるので、税金も安いし社会保障も充実しています。経済的にはみな満足しているのです。それを下手に民主化して我利我利亡者に政治を掻き乱されたら、その豊かな生活が壊れてしまいます。民主化などせず今のまま国王陛下にお任せしておいた方が安泰だと言えます。

結局、私たち民衆の不満の多くはお金の問題ではないでしょうか。税金、年金、ワーキングプア、失業、介護、受信料、待機児童に奨学金、み~んなお金の問題です。国防・外交・人権・環境などお金以外の問題もありますが、お金に何も困っていなかったら、それらの問題もかなり冷静に見つめることが出来ると思いますよ。『保育園を増やさずに軍事費ばかり増やすな!』というように、八つ当たりの部分も大きいと思います。もし自民党が国民に1人毎月50万円支給するベーシックインカム制度を作ってくれたら、この先数十年は自民党の天下が続くことは間違いありません。

国民にとって重要なことは「誰が決めるか」ではなく「豊かな生活ができるか」ということではないでしょうか。豊かさにもいろいろあり、経済的豊かさより精神的豊かさこそが本質であることは言うまでもありませんが、精神的なことは主に宗教が、経済的なことは主に政治が担当します。経済面から民に安心立命を与えるのが政治です。
前回、民主主義には(1)「国民が多数決で決める(主権在民)」という意味と(2)「国民のために政治を行う(民本主義)」という2つの意味があると書きましたが、国民にとって真に重要なことは、後者です。豊かな生活を与えてくれるのであれば、政治を誰が決めるかなんてさほど重要な問題ではないことは、アラブの金持ち国家の例を見れば分かります。政治は官僚が決めてもいいし、AIが決めてもいいのです。
しかし一部の人間に決めさせると、そいつらのための政治になりがちなので、みんなで決めようということになっただけです。
アラブの王様にしても、国民にオイルマネーをばらまいていい思いをさせているから、うまく行っているのであって、王様がマネーを独占して国民に貧しい思いをさせたら、たちまち暴動が起きて権力の座から引きずり下ろされます。
民主主義というのは、国民本位の政治を執る(民本主義)ということが重要なので、誰が決めるかというのはそれほど重要ではないのです。

──と、ここまで書けば、霊界物語や神諭で、民主主義が否定的に扱われていることの謎が何となく見えて来ると思います。
太古の神代は国祖が主権を持ち、世界を統治していました。
それを、常世彦という悪神が、神々の賛同を集めて民主化を進めようとしました。(第4巻の常世会議)
ここで問題とされるのは、国祖の主権(最高決定権)を侵害したことです。
つまり民主主義と言っても、(1)の主権在民的な側面が否定的に扱われているのです。(2)の民本主義的な側面が否定されているわけではありません。
私たちは、選挙管理委員会やマスコミによって「投票には必ず行きましょう」と、まるで投票に行かない者は非国民かのように脳裏に植え付けられています。そのため「国民が多数決で決めるのが正義」という固定概念で見てしまうので、霊界物語で君主制が肯定的に扱われ民主制が否定的に扱われているのを見て「はあ??」と思ってしまうのです。
しかし決して民本主義が否定されているわけではありません。神代でも現代でも民本主義は政事の要諦です。国祖の神政も、民(神々)のためにあったことは言うまでもありません。
我欲を持った連中が我意を達成するための手段として民主主義(主権在民)が利用されているという、そういう側面が否定されているのです。

民衆を扇動し、多数決によって、世界を我が意のままに支配しようという連中は伊都能売神諭で「ガガアル(我が在る)の悪神」などと呼ばれています。
よく陰謀論で言われるフリーメーソンだとかイルミナティだとかロスチャイルドとかロックフェラーとかの類です。その真相は私の知るところではありませんが、まあともかく、そうやって世界を掻き乱している連中がいることは事実でしょう。
しかしそういう連中だけが悪いのではないというのが、大本神諭や伊都能売神諭、霊界物語の一貫とした主張です。そういう連中に扇動されている一般の人民もまた悪いのです。ですから、特定の集団のみを悪玉化して批難しているようでは、世界の改善は図れません。

そういう「体主霊従」の世に艮(とどめ)を差して、「霊主体従」の世界つまりミロクの世に立替立て直す時節が訪れたわけですが、では、そのミロクの世の統治システムはどうなるのでしょうか。果たして民主主義(国民が多数決で決める)が続くのでしょうか。それとも、国祖の復権というのですから、君主制(特定個人が決める)のようなものが復活するのでしょうか。

結論を言うと、どちらでもいいのだと思います。
どうしてかと言うと、「霊主体従」であれば、システムがどちらでも、結果は一緒になるからです。

(続く)