縁起譚 家でお地蔵様を祀るようになったわけ

27 4月

霊界物語のちょっと気になる言葉を紹介します。

霊界物語には、事物の起源・由来を説明した、いわゆる縁起譚(えんぎたん)がいくつか記されています。その一つ「家の庭に小さなお地蔵様を祀る」ことの起源です。
よく道端に小さなお地蔵様を祀っているのを見かけますが、あれは辻地蔵だとか、道祖神などと呼ぶようです。
道端ではなくて、敷地内の片隅に祀っているのは何と呼ぶのでしょうか? 呼び方が分かりませんが、ともかく、あれです。あれの起源が霊界物語に書いてあります。

第29巻第14章「カーリン丸」より

三五教の宣伝使・高姫(元ウラナイ教の教祖)は、「黄金の玉」が紛失したから探しに行けと、鷹依姫(たかよりひめ)たちに命じた。それは高姫の執着心から出て来た業であった。
鷹依姫一行4人(他に竜国別、テーリスタン、カーリンス)は高砂島(南米)に上陸して玉を探すが、木花姫命から諭され、改心して玉への執着を捨て去り、アマゾンへ進んで行く。
その後、高姫一行3人は高砂島に上陸するが、神威に打たれて心を改め、玉への執着を捨てる。そして神命によって大原野を進んで行くと、途中で鷹依姫一行が刻んだ石像を見つけた。それは一行4人が改心の記念として刻んで、そこに置いて行った石像だった。高姫はそれを見て、探しに行けと命じたことを深く反省する。

高姫『あゝやっぱり鷹依姫さまも竜国別さまも、テー、カーも、つまりこの荒原をさまようてござったと見える。ホンにお気の毒な、あるにあられぬ苦労をなさったであろう。(略)
今になって過去を顧みれば、私の犯した罪、人さまの恨みが実に恐ろしくなって来た。せめては鷹依姫さま一同の苦労なさって通られた跡を、こうして修業に歩かしてもらうのも、私の罪亡ぼし、また因果のめぐりめぐりて同じところをウロつき回るようになったのだろう。(略)
あゝ鷹依姫様、竜国別様、テー、カーの両人さま、高姫のあなた方に加えた残虐無道の罪、どうぞ許して下さいませ。(略)
この石像は、鷹依姫様、竜国別様の心を籠められた記念物、これを見るにつけても、おいとしいやら、お気の毒やら、お懐かしいような気が致します。
何ほど重たくても罪亡ぼしのためにこの石像を、鷹依姫様、ほか御一同と思い自転倒島(おのころじま)(日本のこと)まで負うて帰り、お宮を建てて、朝夕にお給仕を致し、私の重い罪を赦して戴かねばなりませぬ』

と念じながら、あたりの蔓草(つるぐさ)をよって縄を作り、背中にくくりつけ、その上から蓑(みの)をかぶり、持ち重りのする石像を背中に負うて、とうとうアマゾン河の森林まで帰ってしまったのである。
これが家々に、小さき地蔵を造り、屋敷の隅に、石を畳み、その上に祀ることとなった濫觴(らんしょう)(物事の始まりの意)である。

──なるほど。鷹依姫たちが彫ったお地蔵様を、高姫が背負って歩いて行った、ということから、屋敷でお地蔵様を祀ることが始まったと。
ほんまかいな~と思ってしまいますが、王仁三郎の言うことは一見バカバカしくても真実が秘されているので決してあなどれません。興味のある方は研究してみて下さい。

(ご注意:全体の一部分を抜き書きしているだけですので、前後の文脈を知りたいときは原文を直接読んで下さい。また、意味は一つだけはありません。行間を読むことで違った意味が見えて来ます。いろいろな角度から考えてみて下さい。)