縁起譚 門松の起源

25 4月

霊界物語のちょっと気になる言葉を紹介します。

霊界物語には、事物の起源・由来を説明した、いわゆる縁起譚(えんぎたん)がいくつか記されています。その一つ正月の「門松」の起源です。

一般には門松は、歳神(としがみ)を迎える依代(よりしろ)として立てる、と言われているようです。
しかし王仁三郎によると、正月も含め五節句の習俗は艮の金神が表に出てこないように封じ込めるための呪術ということになります。
元旦  鏡餅  艮の金神の骨や肉
3月3日 草餅  艮の金神の皮膚
5月5日 チマキ 艮の金神の髪
7月7日 素麺  艮の金神の体の筋
9月9日 菊の酒 艮の金神の血液
また、正月の飾り物の鞠は艮の金神の頭、弓の的は艮の金神の目玉、そして門松は艮の金神の墓標を象徴しており、「艮の金神調伏の儀式」と呼んでいます。
(以上、『神霊界』大正9年(1920年)2月1日号、王仁「随筆」)

門松というのは、松竹梅を飾っていますが、松や梅ではなく、竹が、艮の金神の墓標ということになるのだと思われます。斜めに切った竹(削ぎ竹)を真ん中に立てていますよね。あれです。(参考
あれの起源が霊界物語に書いてあります。

第5巻第2章「松竹梅」より

邪神によって国祖が追放された後の地上神界は、盤古大神・常世彦が国祖に代わって主宰神の地位に就いた。
八王大神・常世彦は、表向きは盤古大神を奉戴していたが、煙たく感じて、「エデンの園」に宮殿を造り、聖地エルサレムから転居してもらった。

あるとき盤古大神の宮殿の奥の間の床下より、床を押し上げ突き抜き、太き筍(たけのこ)が二本生えだした。
見るみるうちに諸所に筍は床を持ちあげ、またたくうちに棟を(むね)突き抜き、屋内屋上に枝葉を生じ、ほとんど竹やぶと化してしまった。
盤古大神はこの光景を見て、国祖・国治立命の怨霊の祟りならんとし、大いに怒り、長刀を引き抜き、大竹を片っ端より切り捨て、門戸に立てた。
これが今の世に至るまで正月の門に削ぎ竹を飾る濫觴(らんしょう)(物事の始まりの意)となった

──なるほど。門松は、盤古大神が国祖の怨霊だと思って、床から生えた竹を切り払って門に立てたことから始まると。
ふう~ん、ほんとかよ~と思ってしまいますが、王仁三郎の言うことは一見バカバカしくても真実が秘されているので決してあなどれません、興味のある方は研究してみて下さい。

(ご注意:全体の一部分を抜き書きしているだけですので、前後の文脈を知りたいときは原文を直接読んで下さい。また、意味は一つだけはありません。行間を読むことで違った意味が見えて来ます。いろいろな角度から考えてみて下さい。)