縁起譚 伊勢神宮の起源

投稿:2016年04月13日

霊界物語のちょっと気になる言葉を紹介します。

霊界物語には、事物の起源・由来を説明した、いわゆる縁起譚(えんぎたん)がいくつか記されています。その一つ「伊勢神宮」の起源です。
これはすでに私がいろいろな所で紹介しているので、ご存知の方も多いと思います。
元伊勢は近畿地方に30ヶ所くらい存在していますが、霊界物語的には福知山市大江町の「元伊勢皇大神社」が伊勢神宮の発祥の地(一番最初の元伊勢)ということになります。

第16巻第16章「神定の地」より

ウラナイ教の青彦が、剣尖山の麓の谷川(実在の場所としては、日室岳の麓の宮川)の川辺で、エセ霊能者となり、インチキ宗教を開いて信者を集めていた。
そこに三五教の宣伝使が現われ、一悶着あり、青彦は改心して三五教を奉ずることになる。
すると宣伝使の一人、悦子姫(よしこひめ)に天照大御神が懸かり神示を降す。

『われは天照皇大神なるぞ。その昔この御山に現われ、産釜(うぶがま)産盥(うぶだらい)と俗に称する天の真名井に御禊して、神格を作り上げたるわが旧蹟なり。汝らよろしくここに宮殿を造り、わが御霊を祀れ。悦子姫の肉体を借りてこの由(よし)宣示しおく。夢々疑うなかれ』
(略)
百日百夜を経て全く工(こう)を終え、ここに天照大御神の神霊を招(お)ぎ奉り、鄭重に祭神の鎮座式を奉仕したりける。これ伊勢神宮宮殿造営の嚆矢(こうし)(物事の始まりの意)なり。今は丹後の元伊勢と言う。この谷川はこれより宮川と称えられたり。
この因縁により、大本開祖は明治三十四年旧三月の八日、数多の教え子を引き連れ、亀彦の名に因みたる上杉の木下亀吉を率い、禊の神業を仰せつけられたるは、最も深き神界の御経綸の在(ま)します事と察せらるるなり。またこの産盥、産釜の清水は竜宮館の金明水に注ぎ込まれ、次いで開祖は数多の教え子を率い、明治三十四年旧六月八日、沓島の山上より大海原に向かって打ち注ぎ給いたるも、天下修斎の大神業の一端と察し奉るなり。

この明治34年(1901年)の御神業を「元伊勢お水の御用」と言います。
ちなみに一番最初の「元外宮」は、霊界物語的には丹後半島の比沼麻奈為神社です。(王仁三郎の実弟・上田幸吉が宮司をしていました)

(ご注意:全体の一部分を抜き書きしているだけですので、前後の文脈を知りたいときは原文を直接読んで下さい。また、意味は一つだけはありません。いろいろな角度から考えてみて下さい。)