戦いに出陣するのみが神業ではない

投稿:2016年04月06日

霊界物語のちょっと気になる言葉を紹介します。

第10巻第14章「松風の音」より、三五教の宣伝使・照彦(てるひこ)のセリフ

──世界の大峠、黄泉比良坂(よもつひらさか)の戦いが始まった!
天下分け目の決戦場・黄泉島(よもつじま=ムー大陸)に向けて、常世国のロッキー城から次々と、敵のウラル教の大軍が出陣して行く。
それを横目に見て、三五教の宣伝使・淤縢山津見(おどやまづみ)は焦った。
この日のために今まで各地を宣伝に歩いて来たのだ。
しかしあまりグズグズしていたので黄泉比良坂の戦いに出陣するのがすっかり遅れてしまった…!
淤縢山津見は取り返しのつかない大失敗をしてしまい、悔し涙を流した。
やむを得ず、仲間の固虎(かたとら)と共に敵の本陣ロッキー城内に潜入して敵軍の内情を探ろうと考えるが、淤縢山津見は敵に顔を知られているのでうまく成功するかどうか分からない。
ああ、どうやってこの失敗を挽回しようか…!と淤縢山津見は悩み沈む。
そこへ宣伝使・照彦(てるひこ)が現われ、淤縢山津見にこう教え諭した。

「いや、別に心配はいりませぬ。神界の御経綸によって、あなたをここに止め置く必要があるのです。(略)遅れたのはいわゆる”水も漏らさぬ神の仕組”だ。戦いに出陣するのみが神業(しんぎょう)ではない。さあ、これからあなた方はロッキー城にお進み、敵の様子を探って下さい。私は常世城に忍び入り、敵の一切の計画をくまなく調査いたします」

そう言うと照彦はサッと姿を隠した──

戦場に出向き、名を上げる者だけが勇者なのではありません。
はやる心を抑えて、日の当らぬところで任務を果たす者もまた勇者です。
華やかな表舞台に立ち、スポットライトを浴びることを人は好みますが、それだけが神業なのではありません。
与えられた任務が地味で単調な裏方であったとしても、喜んでその任務を果たすことが、神業奉仕者としての務めだと言えます。

(ご注意:全体の一部分を抜き書きしているだけですので、前後の文脈を知りたいときは原文を直接読んで下さい。また、意味は一つだけはありません。いろいろな角度から考えてみて下さい。)