喬育(きょういく)が真の教育

投稿:2016年03月23日

霊界物語のちょっと気になる言葉です。

第69巻第3章「喬育」より、宣伝使・国依別のセリフ

『(略)俺のいう教育の「教」(きょう)はそんなのではない。森林の中に雲を凌いで聳え立つ喬木(きょうぼく)の「喬」だ。現代のような教育のやり方では、床の間に飾る盆栽は作れても、柱になる良材は出来ない。野生の杉・檜・松などは、少しも人工を加えず、惟神のままに生育しているから、立派な柱となるのだ。今日のように児童の性能や天才を無視して、圧迫教育や詰込教育を施し、せっかく大木になろうとする若木に針金を巻いたり、心(しん)を摘(つ)んだり、つっぱりをこうたりして、小さい鉢に入れてしまうものだから、ろくな人間は一つも出来やしない。惟神に任して、思うままに子供を発達させ、智能を伸長させるのが真の教育だ。(略)』

ちなみに「喬」とは、「高い」とか「そびえ立つ」という意味です。