惟神教育と圧迫教育

投稿:2016年03月04日

霊界物語のちょっと気になる言葉です。
ここに出てくる「天才」とは「(神)から与えられた能」のことです。

第45巻第8章『小蝶』より。

千代『お父さま、大工の子は大工を営み、医者の子はどこまでも医者をやらねばならぬという規則はありますまい。各自(めいめい)に人間には、それ相応の天才があって、すべての事業に適不適(てきふてき)があるものです。自分の天才を十二分に発揮するのが教育の精神でしょう。圧迫教育をほどこして児童の本能を傷つけ、桝(ます)できり揃えたような、団栗(どんぐり)の背競(せいくら)べのような人間ばかり作り上げるような現在の教育では、大人物は出来ませぬぜ。植物だって、枝を曲げたり、切ったり、針金でくくったり、いろいろと干渉教育をほどこすと、床の間の置物よりなりますまい。山の谷で自由自在に成育した樹木は成人して立派な柱になりましょう。そうだから人間はどうしても天才を完全に発揮させるように教育させなくては駄目ですわ』
(中略)
松彦『そうだな。いや、かえって干渉せない方がよいかも知れない。一六(いちろく)(注・バクチのこと)ものだ。大変な善人になるか、悪人になるか、先を見て居らねば分かるまい。とうてい親の力では駄目だ。神様にお任せするが一等だ』
千代『それがいわゆる惟神教育ですよ。(略)』