ワカヒルメは朝鮮から来た? 壇山にまつわる王仁さまの教示

投稿:2015年12月15日

霊界物語に「壇山」(だんざん)という山が出てきます。

竜宮城の神将・花森彦が、不倫相手の唐子姫(からこひめ)と隠遁生活をしていた山です。
後に、稚姫君命(わかひめぎみのみこと、別名・稚桜姫命)の夫・天稚彦(あめのわかひこ)が、花森彦を探しに行きましたが、今度は天稚彦が唐子姫に夢中になってしまい、二人は壇山からさらに山奥へと入って隠遁生活を送ることになります。〔第2巻第43~44章〕

壇山はどこにあるのかというと、朝鮮半島にあります。「神素盞嗚の大神の隠れ場所なる慶尚道の壇山に…」〔第16巻第9章〕と書いてありますが、慶尚道(けいしょうどう)は朝鮮半島の南東端にあり、現在は慶尚北道と南道に分れています。
慶尚北道にある「伽耶山」(かやさん)が、霊界物語の壇山に相応するようです。

慶尚北道 – Wikipedia
伽耶山 – Wikipedia
伽耶山の位置 – Googleマップ

ところで日本書紀に「ソシモリ」という山が出て来るのをご存知ですか?
ソシモリもこの伽耶山のことらしいです。

日本書紀の八岐大蛇のところで、一書第四にソシモリが出て来ます。

素戔嗚尊の行ないがひどかった。そこで神々が、千座(ちくら)の置戸(おきど)の罪を科せられて追放された。このとき素戔嗚尊は、その子・五十猛神(いそたけるのかみ)をひきいて、新羅(しらぎ)の国に降られて、曽尸茂梨(ソシモリ)(原注・ソホル即ち都の意か)のところにおいでになった。そこで不服の言葉をいわれて、「この地には私は居たくないのだ」と。ついに土で舟を造り、それに乗って東の方に渡り、出雲の国の簸の川の上流にある、鳥上(とりかみ)の山についた。
ときにそこに人を呑む大蛇がいた。素戔嗚尊は天蝿斫剣(あまのははきりのつるぎ)をもって、その大蛇を斬られた。ときに蛇の尾を斬って刃が欠けた。そこで割いてごらんになると、尾の中に一つの不思議な剣があった。素戔嗚尊がいわれるのに、「これは私の物とすることはできない」と。そこで五代の孫である天之葺根神(あまのふきねのかみ)を遣わして、天に奉られた。これが今、草薙剣といわれるものである。
はじめ五十猛神が天降られるときに、たくさんの樹の種をもって下られた。けれども韓地(からくに)に植えないで、すべて持ち帰って、筑紫からはじめて、大八洲の国の中に播きふやして、全部青山にしてしまわれた。このため五十猛命を名づけて、有功(いさおし)の神とする。紀伊国においでになる大神はこの神である。
〔宇治谷孟『日本書紀(上)』講談社学術文庫〕

この一書第四によると、高天原から追放されたスサノオは、朝鮮半島のソシモリを拠点にしたというのです。

ソシモリの語の意味について王仁三郎は三鏡の中で
「牛頭とはソシモリという事であり、ソシは朝鮮語の牛の事である、モリは頭という事である。頭はまん丸くもり上がっているから、そういう意味で【もり】という」
と語っています。〔水鏡「牛頭天王と午頭天王」〕

前述のWikipediaに伽耶山の写真が載っていました(↓)。
伽耶山の牛頭峰(上王峰)

伽耶山の主峰の上王峰(1430m)は「牛頭峰」とも呼ばれ、上の写真のように岩石がまん丸く盛り上がっています。まさに「牛頭」ですね。(ここのページの真ん中あたりにも牛頭峰の写真が載っています)

さて、これで壇山=伽耶山=ソシモリ=牛頭と繋がって来ました。

この山にスサノオが天降って来た理由について、王仁三郎は、そこに居た恋人の稚姫君命を訪ねて来たのだと、次のような悲しい物語を語っています。〔玉鏡「素尊と稚姫岐美命」〕

──神代の昔、スサノオと稚姫君命の間に「エロ関係」がありました。
この「エロ関係」というのはどんな関係なのかよく分かりませんが、要するに恋愛関係にあった、ということだと思います。
前述の霊界物語第2巻では、稚姫君命の夫は天稚彦ですが、稚姫君命が夫を裏切ってスサノオと不倫をした、という意味かどうかは分かりません。王仁三郎の話は重層的で、名前が同じだからと言って同時代の出来事だとは限らないからです。

大日孁尊(おおひるめのみこと=アマテラス)は、これは天津罪を犯したとして、二人の仲を裂いて、天教山(古代の富士山)から稚姫君命を追放しました。
追放された場所が「高麗」(朝鮮)の壇山です。

稚姫君命はスサノオが恋しくて泣き明かし、ついに思いに堪えかねて、烏の羽の裏に恋文をしたためて、切なる思いが無事にスサノオに届くように祈りを込めて、烏を放ちました。
烏の羽の裏に恋文を書いたのは、黒い羽に黒い墨で書けば、秘密の通信が誰にも発覚しないだろうと考えたからです。

烏は玄海灘を越え、飛びに飛んで伊勢まで来ましたが、しかし疲れて力尽き、死んでしまい、稚姫君命の燃えるような恋心は、天教山のスサノオまで届きませんでした。

烏が死んだその場所には今、香良洲神社(三重県津市)が建っています。御神体はこの烏の羽根だという説があるそうです。王仁三郎はこの神社を何回か参拝しています。

稚姫君命はスサノオからの返事を待ちわびましたが、いつになっても烏が帰って来ません。
そこで決意してオノコロ島へ渡りました。
一方、天教山の高天原に居るスサノオも同じ想いで、朝鮮の稚姫君命から手紙が来ないと心を痛ませていましたが、募る想いを晴らすために、朝鮮に降ったのです。
しかしスサノオが壇山に到着すると、稚姫君命はそこに居ませんでした。行き違いになってしまったのです。

稚姫君命はとうとう紀伊の和歌の浦で帰幽しました。その神霊をお祀りしたのが、今の玉津島神社(和歌山市)です──。

という悲恋のドラマです。
ここで記されているのは、壇山には最初に稚姫君命が居た、ということです(第2巻のドラマとは異なりますね)。

ということは、香良洲神社や玉津島神社、生田神社(神戸市)などで祭られている稚日女尊(わかひるめのみこと=大本神話では稚姫君命)は朝鮮半島(壇山)から渡来した、ということになります。

さて、そんな伝承、どこかにありますかね??
何かご存知の方はご教示ください。