月末の支払いについて・王仁さまの教示

投稿:2015年12月09日

(この記事は2009年7月11日にオニドブログに掲載した記事を加筆訂正したものです)

毎月、月末の支払いに悩んでいる方、いますか?
は~い、私がそうです (^_^;

王仁三郎の本を読んでいたら、月末の支払いについて、おもしろい話を見つけました。

自分は蒙古に行って感心したことがある。
「お前の歳はいくつだ」
と(蒙古人に)質問したら
「自分の歳を考えたり覚えているような馬鹿があるか。歳を知って何の効がある。そんなことをしていたら長生きが出来ない。自分の子の歳も親の歳も知らぬ」
と答えた。

日本人もそうなれば初めて天国が降って来るのだ。
しかしながら月末が来たり節季(注・盆暮などの金銭精算の時期)が来ると思い出さずに居られないけれども、その時だけ思い出して後は忘れてしまうのだ。

私は毎月、普請(注・建築や工事のこと)をして何万円の支払いをしているが、2・3日の後に3万円払わねばならぬ際に100円よりない。そうすると係の人が青い顔して心配をして居る。

「払うのはいつだ」
「来(きた)る30日です」
「それなら30日になって出来なければ、ちょっとくらい心配をしたら良い。自分は30年間に亘りて経験をして来た。一度も間違ったことはない。九分九厘行ったところで、うまく落着するものだ。そういう風に世の中は神がつくっているのだ。必要の物はきっと与えられる。こっちから慌てて騒がんでも良い。慌てたり騒いだりして、向いて来る運を自ら壊してしまうのだ。すべて金ばかりでなく、世の中の万事はみな自分から壊してしまうのだ」

私はその話をすると
「あなたと同じようには行かぬ。私らはそういうわけには行かない」
という人があるけれども、それが違うている。
全部がそうなったら行くのだ。あなたと一緒には我々は行かないなどと拒む人があるが、それが違うているのだ。
それでは人類ではない、人の類ではない。刹那心と無責任、放任とは違う。

〔「刹那主義楽観主義で行け!!」『出口王仁三郎全集(一)皇道編』P443〕

なるほど。これはすごい。「惟神」(かんながら)の精神です。「何事も神さまの御心のままに」ということです。
しかし・・・・・

私と同じように月末の支払いに頭を悩ませている人は少なくないと思いますが、「慌てなくてもよい。お金は向こうからやって来る」とか言われても、「私はあなたとは違うんです!」と言い返したくなりますよね。「そんなに都合よく行くものか」と。

王仁三郎が30年間、ずっとそれでやって来たとしても「私はあなたのような生神様とは違います、ただのフツーの人間です、そんなにうまく行きません」と言いたくなります。

しかしそれでは人ではない、と王仁三郎は言うのです。
この場合の人というのは「霊が止(とど)まる」ところの「霊止」(ヒト)のことだと思います(参考→「人類愛善の真義」)。
この霊止というのは王仁三郎のような人のことを指すのですが、霊止に類するのが「人類」です。王仁三郎に「倣う」のです。

神の御心に沿った生き方──惟神の生活を実践するのは、時として苦痛が伴います。今までのやり方とは向きを変えるので、その「チェンジ」をする際に苦痛を感じるのです。
しかし皆がチェンジをして行かないと、みろくの世にはなりません。

「刹那心」と「無責任、放任」は違うと言っていますが、刹那心とは、「今」を生きること、この瞬間瞬間を生きることです。過去を悔やんだり、未来を思い悩んだりせずに、今現在を感謝しながら生きることです。

「今月は支払えるかなー」と悩むのは支払い当日でよい、まだ期日が来てないのに思い悩むな、神の御心に委ねなさい、ということです。

だからといってこれは、支払いのための努力をしなくてもよい、ということではないと思います。サラ金からお金を借りるだけ借りまくって働かずに遊びまくっていても、借金の支払日にはどこからかお金が入ってくる…なんてことは、それこそあり得ませんね。それは「無責任」というものです。(王仁用語で「惟神中毒」と言います)

刹那心とは、過去のことで思い悩んだり、先のことで取り越し苦労をしないことです。たとえば入学試験を受けて、発表までの間、「もし落ちたらどうしよう」と思い悩んだところでどうしようもありません。結果は発表当日になれば分かることです。落ちたことが判明したら、そのとき思い悩めばいいことです。

今を、この一瞬一瞬を生きていれば、自分の年齢がいくつかなんて──過去に何年生きて、あと何年生きていられるか──そんなことにはあまり興味が無くなって来ます。それを蒙古人は言っていたのではないかと思います。

結局、みろくの世とは、今、この瞬間に存在するのであり、遠い過去や、遠い未来に存在するのではない、と言えるでしょう。

しかし・・・・・
王仁三郎の境地に辿り着くには、私はまだまだ何年もかかりそうです。(^_^;