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言向和(39) 凝り固まって「言向け和せない」世界

Published / by 飯塚弘明
投稿:2017年09月03日

前回は「アンガーマネジメント」という、怒りの感情をコントールするトレーニング法を紹介しましたが、感情を抑えることが出来ずに困っている人はたくさんいると思います。

しかしそれとは逆に「感情を抑え込んでしまって表に出せない」で困っている人もまた多いのではないかと思います。

「アンガーマネジメント」の中に「怒ることが出来ない人が怒ることが出来るようになる」トレーニングが含まれているのかどうかは勉強不足で分かりませんが、「感情を抑え込んで表に出せない」で困っている人には、それを治す方法として、たとえば「感情解放テクニック」(EFT)等と呼ばれる方法があります。
また「セドナメソッド」という言葉もあります。
そういうキーワードでネットを探すといろいろ出て来ますので、調べてみて下さい。

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感情が爆発してしまうのも、感情を抑え込んでしまうのも、どちらも感情のコントロールがうまく出来ないという点では同じです。

感情を爆発させる人は周りから見て分かりやすいですね。
「すぐキレる」人は、怒鳴ったり、顔を真っ赤にしたりして、何らかのパフォーマンスがあるので、分かりやすいです。

しかし感情を抑え込んでしまう人は、目立ったパフォーマンスがないので分かりにくいです。
そういう人はどうなるかというと、鬱病とか引きこもりとかの一因になったりするのかも知れません。
腹が立っても怒れない人です。
イジメを苦に自殺してしまう子も、怒りを表に出せないタイプが多いのかも知れません。

やられたら、やり返せばいいのです。
倍返しにして、もう二度と刃向かえないようにしてやればいいのです。

──いや、それでは「言向け和す」ではないだろう、と首を傾げる人も多いことでしょう。

そうです。
もちろん「言向け和す」は対立・葛藤を超えた高い次元にあります。
しかしその次元に進む前に、その手前の段階でやらねばならない段階があるのではないかと思います。

すぐキレる人は、キレずに堪えることができるようになり、逆に感情を抑え込んでしまう人は、怒ることができるようになる必要があると思います。
感情に支配されているようでは、動物と同じです。

感情が人間活動の原動力となっているのは事実でしょう。
問題なのは、TPOに合わせて、感情をコントロールできないことです。

楽しくない気分の時は、その楽しくない気分に支配されてしまい、それで楽しくない毎日を過ごすことになるのです。
それなら、楽しい気分になればよいのです。そうすれば楽しい毎日を送ることができます。
それで「あ~、何かいいこと起きないかな~」とため息ばかりついているわけですが、自分の外から何かが起きるのを待つのではなく、自分の中から自分の気持ちを変えることが出来ることが「自分の感情をコントロールする」ということです。
それが出来ないのは、感情に支配されているということです。

王仁三郎が説く「霊主体従」には、自分で自分の感情をコントロールするという意味もあります。
自分の意志で、自分の想念を変え、感情を変え、それによって自分の言動を変えて、そして外界に影響を与えて世の中を変えて行こうということです。

「言向け和す」は、自分の内界(意志想念)をコントロール出来るようになった次元に存在するものです。
「何かいいこと起きないかな~」とため息をついている次元には「言向け和す」は存在しません。そこにあるのは「言向け和されたい」です。そこは感情に支配され、外界に左右されている次元です。
逆に外界を左右させて行くのが「言向け和す」です。

しかし人間にはいろいろとやることがあります。やることをやらないと次の段階へは進めません。
感情の支配に打ち勝って、自由になるためには、すぐに怒る人は怒りを抑えることが出来るようになり、怒れない人は怒ることが出来るようになる必要があります。

子供に嫌われたくなくて子供を叱ることが出来ない親がいますが、そんなのもそうです。何かに囚われていて(つまり執着)叱るべき時に叱ることが出来ないのです。

すぐ怒るのも、怒れないのも、どちらも執着です。

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実は私も、10代から20代の半ばくらいまでは、感情を表に出さない、とても内に籠もった人間でした。
『オレはゴルゴ13だ。絶対に涙と笑顔を見せない男だ』と思っていたくらいです(笑)

感情がすごく凝り固まって・・・
どのくらい凝り固まっていたのかと言うと・・・
極端なエピソードが二つあります。
たいへんお恥ずかしい話で言いづらいのですが・・・

一つは、中学二年生のときに好きになった女の子がいて、結局付き合うことが出来ずに、その後ずっと10年近く思い続けていたことです。
口で言うのは簡単ですが、この執着はとても苦しいものがありました。
これは「秘話」に属しますので、詳細はまた機会があったら書かせていただきます。

もう一つは、やはり思春期の中学二年生くらから、自分の性格のことで親を恨むようになり、ほとんど口もきかずに、やはり十年間くらいずっと親を憎み続けていたことです。
この執着もまたたいへん苦しいものがありましたが、「秘話」に属しますので詳細は別の機会に書かせていただきます。

この、十代前半から二十代前半の十年間は、本当に感情が凝り固まっていた時代でした。
そのブラックホールに引きずり込まれて、怪奇な霊現象もいろいろ発生しました。(これも「秘話」ですが「じぶんのこと」のどこかに詳しく書いてます)

その時代に「言向け和す」とか言われても、何が言いたいのか全然理解出来なかったと思います。
当時の私は、感情がガチガチに凝り固まった世界の住人でした。「言向け和せない」世界です。
しかし、何とかそこから脱出できたから、今こうして「言向け和す」を探究できるのです。
私は感情がガチガチ過ぎて孤独のドン底に陥っており、ともかくそこから脱け出したい一心で、自分の性格を治すために性格改善の本を読んだり、心理学を勉強したり、宗教を学んだりしました。それで王仁三郎に出会ったわけです。
「言向け和す」に目覚めるために、「言向け和せない」世界を体験させられたのかも知れません。

(続く)