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言向和(33) DJポリス─群衆を言向け和す警察官

Published / by 飯塚弘明
投稿:2017年08月24日

前回は、もっとも「言向け和す」が必要とされる職業の一つ、クレーム対応係の例を紹介しましたが、今回は、もっとも「言向け和す」とほど遠い職業の一つ、警察官の例です。

警察と言えば「国営暴力団」と揶揄されるように、合法的な暴力行使を道具とする職業ですが、治安を維持する方法として、暴力以外の方法もあるんだというエピソードを紹介します。

2013年6月4日、さいたまスタジアムでFIFAワールドカップのアジア予選大会が開催されました。
日本対オーストラリアの戦いです。
この試合で負けなければ、翌2014年夏にブラジルで開かれるワールドカップの出場権を手にすることができる大切な試合です。

この日、東京・渋谷駅周辺では警視庁が数百人の警察官を動員し厳戒な警備態勢を敷きました。
サッカーのサポーターによる混乱を防止するためです。

勝っても負けても、サポーターの中には暴れる人がいます。
過去にはW杯予選後に何千人もの若者が押し寄せて、信号機によじ登ったり、辺りの看板を破壊したりするサポーターがいました。

渋谷駅前のスクランブル交差点は歩行者の通行量が多いことで世界的に有名で、1日に何と十万人以上も通行します。昼間だと多いときには30分間で4万5千人も通行するという、オバケ交差点です。

さて、試合の結果は引き分けでしたが、見事W杯出場が決まりました。
狂喜したサポーターたちが渋谷駅周辺に数千人詰めかけて、「ニッポン」コールや、お互いに手の平を出してハイタッチを繰り返し、駅前のスクランブル交差点は大混雑しました。

このとき、機動隊員が指揮車(ランドクルーザーのような四駆を改造した車輌)の上で、拡声器を使って次のように叫んだのです。

「こんな良き日に怒りたくはありません。私たちはチームメートです。どうか皆さん、チームメートの言うことを聞いて下さい」

「皆さんは12番目の選手。日本代表のようなチームワークでゆっくり進んでください。怪我をしては、W杯出場も後味の悪いものになってしまいます」

「怖い顔をしたお巡りさんは、皆さんが憎くてやっているわけではありません。心ではW杯出場を喜んでいるんです」

「おうちに帰るまでが応援です」

「お巡りさんのイエローカードが出る前に交差点を渡りましょう」

こんなふうにユーモア混じりに呼びかける機動隊員に対して、路上にいた人々から笑いや歓声が沸き上がり、「お巡りさん」コールも一部で起きました。
するとこの隊員は、

「声援も嬉しいですが、皆さんが歩道に上がってくれる方が嬉しいです」

と返したのです。
そしてこの日、渋谷駅前では一人の逮捕者も負傷者も出ずに、大きなトラブルは起きませんでした。

指揮車の上でマイクを握るこの機動隊員の様子は通行人によって撮影され、その動画がたちまちインターネットに流れて話題となりました。
そして誰が名付けたのか、いつしか「DJポリス」(DJとはディスクジョッキー)と呼ばれるようになったのです。
(ユーチューブ等の動画サイトで検索するとDJポリスの動画がたくさん出てきます)

警察というと、高圧的に力で押さえつけるイメージですが、こういうやり方もあるんですね。
銃器や警棒によらずとも、騒然としている群衆を鎮圧できたわけです。
なかなか知恵を絞りましたね。

この機動隊員は警視庁第九機動隊に所属する二十代の「広報係」で、数人しかいない「広報技能検定」の「上級」合格者でした。
彼には後日、警視総監賞が贈られました。受賞理由は「現場の状況と空気を読んだ巧みな話術がサポーターらの心を捉え、理解と協力を得られた。結果的に負傷者、逮捕者を出さないことに貢献した」ということです。

皆さん、道を歩いていて赤信号を無視して渡ったり、自転車で二人乗りをしているのをパトカーに見つかって、「やめなさい!」と嫌みったらしい声で注意されたり、そういう場面を見かけたりしたことはありませんか?
ああいうかんじで、狂喜しているサポーターたちに「早く交差点を渡りなさい!」と注意したら、せっかく喜んでいるのに水を差されるのですから、たぶん憮然とするでしょうね。
そしてそういう怒りが群集心理によって拡大され、やがて暴動へと発展する可能性もあるわけです。

上から目線で押さえつけるのではなく、「私たちはチームメートです」と、彼らと同じ位置に立って、喜びを分かち合い、そして「~こうしてくれたら嬉しいです」とお願いする。
威圧的に命令されたら、人の気持ちは凝り固まってしまいますが、こんなふうに喜びを分かち合ってくれるのなら、とても和されますよね。

これは治安維持における「言向け和す」の実例です。暴力で押さえつけなくても、治安を維持する方法があるわけです。
こういうことを探求して行けば、とても素晴らしい「和」の社会を築くことができると思いませんか?

しかし、この方法には条件があります。これは本来威圧的で怖いはずの警察官だから、あのようなユーモラスで市民と対等の目線に立ったDJが効果があったのではないかと思います。いざとなれば拳銃を撃って逮捕することができるわけです。そういう怖さとのギャップが緊張感を和したのだという見方もできます。

もし警察官ではなく、区役所のオジサンが黒い腕カバーして事務的口調で「私たちはチームメイトです」とつぶやいたとしたらどうでしょうか? 「おまえなんかと仲間じゃねーよ」とバカにされるかも知れませんね。それで五時になったらさっさと帰ってしまうようではなおさらです(笑)
では、区役所のオジサンが市民に愛される「DJ役人」になるためにはどうしたらいいでしょうか?
いろいろと研究の余地がありそうです。

   ○   ○   ○

この「DJポリス」は他県の警察へも広がりました。
女性のDJポリスも存在しますが、女性警官だとあまり「怖い」というイメージがないので、路上の群衆にはラジオのDJガールやデパートの受付嬢と同じようにしか聞こえず、指示に従おうという気持ちが起きにくいかも知れません。
威嚇したら反感を持たれますが、なめられない程度に怖くしておかないと「DJポリス」の効果はなかなか発揮しにくいのではないかと思います。

京都の女性DJポリスがデビューしたというニュースが京都新聞サイトで報道されていました。そこから一部引用してみます。

京都新聞 2014年12月29日
「京都版「女性DJポリス」、大晦日デビュー 八坂神社で雑踏警備」
http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20141229000082(リンク切れ)

 軽妙な話術で雑踏警備の誘導にあたる「DJポリス」の訓練を受けた京都府警の女性警察官が、31日に京都市東山区の八坂神社である「おけら詣(まい)り」の警備に登場する。京都を感じさせる言葉や表現で参拝者に安全を呼び掛け、年末の混乱回避を目指す。(略)
 31日を前に上京区の府警中立売庁舎で行われた事前訓練では、群衆を誘導する指揮官車に上り、「おけら灯籠は逃げることはありません。ゆっくりとお進みください」「ぎゅっと押しておいしくなるのは千枚漬けやお漬物だけ。人は押してはいけません」などと、ユーモアを交えて呼び掛けた。

おけら詣りというのは元日の早朝五時から行われる、一年の無病息災を祈るご神事です。元日も含めて正月三が日で百万人もの参拝者が八坂神社には訪れます。
雑踏ではなかなか前に進めずイライラがつのりますね。そういうストレス、緊張感をユーモアで緩和してくれるなら、落ち着いてゆっくり歩く気になることでしょう。

次回はそういう緊張をユーモアで和す例です。

(続く)


この文章は過去に次のところへ掲載した文章に加筆訂正したものです。
霊界物語スーパーメールマガジン」2013年11月14日号 及び 2015年3月22日号 及び
電子書籍『言向け和す ~戦わずに世の中を良くする方法』(2015年12月)