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言向和(27) 暴力以外の方法─スポーツの場合

Published / by 飯塚弘明
投稿:2017年08月18日

今まで26回にわたり「言向け和す」について書いて来ましたが、ここまでは主に古事記や霊界物語等の文献をもとにして「言向け和す」を探究して来ました。
ここからは、現実の人間社会に「言向け和す」がどのように顕れているのかを探究して行きたいと思います。

なお、そのほとんどは、私が今日までにメルマガやブログ等で書いて来たことの再掲的なものになります。『どこかで読んだな~』と思うかも知れませんがご了承下さい。


「言向け和す」という文字を見ると、言葉を向けて人の心を和すということなので、あたかも暴力反対の思想のようにも思えます。

しかし「言向け和す」は暴力を否定しているわけではありません。
暴力否定の思想ではなく、暴力以外の方法を使うことが「言向け和す」です。

暴力を決して否定はいけません。
暴力を否定したら、悪がはびこるだけです。
物理的な力には物理的な力でしか対応出来ないのです。

雨が降ったら傘を差します。
差さなかったら、雨に濡れてしまいます。

ICBMが降ったらPAC3を差せばいいのです。
差さないと死んでしまいます。

暴漢に襲われたらスタンガンでビリビリやって撃退すればいいのです。
ネットでウソをばらまいて人を誹謗中傷している奴がいたら警察に訴えて捕まえてもらえばいいのです。

しかしそれで真に問題が解決したわけではありません。
撃退された暴漢は別のところで別の誰かを襲撃することでしょう。
ウソつくのが好きな奴は刑務所を出た後でまたウソをばらまきます。
ICBMを撃ち落としたって、今度は別の方法で攻撃して来ます。

暴力に対しては暴力でしか対抗出来ませんが、それは一時的・その場しのぎ的な解決方法でしかないのです。
真に問題を解決したわけではありません。

そして、暴力に対して暴力で対抗していたら、暴力が増幅して行きます。
やられたら、やり返さないと、やられてしまいますので、やるべき時にはやらなきゃいけません。
しかし、やられた方は、自分が悪いとは思っていませんので、怨恨を抱きます。それで倍返し、三倍返しとなり、憎悪と暴力が増幅して行くのです。

つい先日(2017/8/12)アメリカ・バージニア州のシャーロッツビルという町で白人至上主義集団とその反対派が激突して死傷者が出るという事件が起こりました。
それに対してトランプ大統領が「双方に非がある」と声明を出したことで騒動に拍車がかかり大騒動になっています。
反対派から見ると、人種差別は問答無用で断罪しなくてはいけない極悪事であるのに、「双方に非がある」なんて言うのは、人種差別を許容するようなものです。
それで反対運動が激化して、大変なことになっているのです。

たしかに反対派が言うことはもっともであり、差別の蔓延を防ぐには力で抑え込むことも必要でしょう。
しかし一時的に差別の言動をなくすことは出来ても、差別主義者はいなくなりません。彼らは白人至上主義が正しいと思っているのですから、当然、力で弾圧されたことに対して恨みを抱きます。それでまたいつの日かゾンビのように甦って来るのです。
ハリウッド映画にゾンビ映画が多い理由は、制作費が安いというだけでなく(ゾンビを演じるのに高度な演技は必要ないのでエキストラで十分)、ともかく悪を力で抑え込むというアメリカ社会の文化が背景にあります。
本質的に、ゾンビを生み出す文化なのです。
退治しても退治しても甦るのでは、永遠に心が安まる日が来ません。

一時的には暴力で押さえ込むことが必要とはいえ、それ以外の方法も考えねば、ゾンビはいなくならないのです。
それが「言向け和す」です。

   ○   ○   ○

しかし暴力以外の方法を知らなければ、暴力に依存したままです。

たとえば、学校での体罰。
体罰をふるう先生というのは、それが良かれと思ってやっています。
生徒のためを思って、体罰をしているのです。
いくら体罰を禁止しても、体罰以外の方法を知らなければ、体罰を繰り返すだけです。

スポーツに体罰は必要ない

中国で反日暴動の嵐が吹き荒れた2012年から、翌13年にかけて、日本国内では学校での「イジメ」やスポーツ界にはびこる「体罰」が大きな社会問題になりました。
大津市中二イジメ自殺事件や大阪市立高校バスケ部体罰自殺事件、女子柔道強化選手による暴力告発問題などです。

【大津市中二イジメ自殺事件】 2011年10月11日、滋賀県大津市立某中学校の中学二年の男子生徒が、同級生によるイジメを苦に自殺。翌2012年7月頃からマスコミで大々的に報道されるようになり、学校や教育委員会、警察の対応の悪さや隠蔽体質が大きな社会問題となった。この事件がきっかけとなり2013年6月に「イジメ防止対策推進法」が制定される。

【大阪市立高校バスケ部体罰自殺事件】 2012年12月23日、大阪市立某高校でバスケットボール部キャプテンの男子二年生が顧問の教師からの体罰を苦に自殺。スポーツ強豪校として知られるこの高校では他の部でも顧問による体罰・暴言が常態化していたことが明らかになった。

【女子柔道強化選手による暴力告発問題】 2013年1月29日、女子柔道の国際試合強化選手15名が長年にわたり全日本女子ナショナルチーム監督ら指導陣に暴力やパワハラを受けていたことがマスコミで報道され公になった。監督は辞任、全柔連(全日本柔道連盟)は会長以下全理事が辞任する騒ぎとなった。

大阪の高校バスケ部体罰自殺事件で、体罰を行っていた顧問教師は懲戒免職となりました。しかし部員や卒業生、保護者たち約1100人が「寛大な処分」を求める嘆願書を教育委員会に提出したのです。その先生は熱血教師として生徒や保護者から大きな信頼を得ていた〝いい先生〟だったようです。

しかし不幸なことにこの先生は、暴力以外の教育方法を知らなかったのだと思います。だから当たり前のように体罰を行っていました。
そして、市教委の記者会見で次のように語っています。(2013年1月11日)。

「部を強くするために体罰は必要だった。叩くことによって生徒をいい方向に向かわせるという実感があった」

果たして本当に体罰をしなければスポーツは強くなれないのでしょうか?

私は1968年4月1日生まれなんですが、ちょうど同じ日に生まれたプロ野球選手に桑田真澄氏がいます。巨人軍で活躍した後、現在は野球の解説者や指導者をしています。
その桑田氏が、この体罰自殺事件について新聞の取材で「体罰は必要ない」と答えています。彼も中学までは毎日のように練習で殴られていたそうです。少々引用してみます。

 私は、体罰は必要ないと考えています。「絶対に仕返しをされない」という上下関係の構図で起きるのが体罰です。監督が采配ミスをして選手に殴られますか? スポーツで最も恥ずべきひきょうな行為です。殴られるのが嫌で、あるいは指導者や先輩が嫌いになり、野球を辞めた仲間を何人も見ました。スポーツ界にとって大きな損失です。
 指導者が怠けている証拠でもあります。暴力で脅して子どもを思い通りに動かそうとするのは、最も安易な方法。昔はそれが正しいと思われていました。でも、例えば、野球で三振した子を殴って叱ると、次の打席はどうすると思いますか? 何とかしてバットにボールを当てようと、スイングが縮こまります。それでは、正しい打撃を覚えられません。「タイミングが合ってないよ。どうすればいいか、次の打席まで他の選手のプレーを見て勉強してごらん」。そんなきっかけを与えてやるのが、本当の指導です。
 今はコミュニケーションを大事にした新たな指導法が研究され、多くの本で紹介もされています。子どもが10人いれば、10通りの指導法があっていい。「この子にはどういう声かけをしたら、伸びるか」。時間はかかるかもしれないけど、そう考えた教え方が技術を伸ばせるんです。
〔朝日新聞デジタル 2013年1月11日 「体罰は自立妨げ成長の芽摘む」桑田真澄さん経験踏まえ〕
http://www.asahi.com/edu/articles/TKY201301110314.html

なるほど。
体罰に拠らずにスポーツで強くなれる方法がいろいろと開発されているのですね。

しかし、その方法を知らなければ、体罰はなくなりません。
法律(国家権力)で体罰を禁止することも大切ですが、体罰以外の方法を教えて行かないと、体罰がなくなることはありません。

これはスポーツという分野に限らず、私たちの身の回りの人間関係でもそうですし、政治・社会運動でも同じことです。

暴力以外の方法を開発して広く普及していかないと、暴力がなくなることはありません。

今はまだ時代の過渡期ですが、「言向け和す」を究めて行けば、やがてきっと──桑田氏の言葉を流用するなら──「暴力で脅して人を思い通りに動かそうとするのは、最も安易な方法。昔はそれが正しいと思われていました」という時代が来るはずです。

(続く)