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言向和(19) ガンジーの運動は「無抵抗主義」ではなく「非暴力・不服従」

Published / by 飯塚弘明
投稿:2017年08月04日

インド独立の父と呼ばれるマハトマ・ガンジー(1869~1948年)は、イギリス帝国の支配下にあった当時のインドにおいて植民地解放運動を指導し、1947年8月15日にインドは独立を果たしました。日本の敗戦からちょうど二年後ですね。

ガンジーの運動の特徴である非暴力の精神はインド古来から伝わる伝統で、「アヒンサー」と呼ばれます。ヒンズー教や仏教、ジャイナ教などのインドで発生した宗教、また近代の精神指導者にもアヒンサーは脈々と受け継がれています。

ガンジーの誕生日である10月2日は、インドでは国民の祝日になっており、また国連の国際非暴力デーに制定されています。
アメリカの黒人解放運動の指導者キング牧師や、チベットの指導者ダライ・ラマ14世など、ガンジーの影響を受けた人は大勢おり、20世紀の偉人の一人です。

ガンジーはもともと弁護士でした。十八歳でイギリスに留学し、卒業後は南アフリカに渡って弁護士を開業。人種差別に反対し、インド系移民の差別撤廃運動に取り組みました。四十代半ばでインドに帰国。独立運動を行う「インド国民会議」という政党に加わり、指導者の一人として活動しました。

そのガンジーの運動のやり方は、日本では「無抵抗主義」と呼ばれていますが、それは少し誤解があります。ガンジーが提唱したのは「非暴力・不服従」であって「無抵抗」ではありません

暴力に対して暴力でやり返していたのでは、暴力の連鎖が止みません。憎悪が増幅するばかりです。共産革命のように暴力を行使して支配者と戦うのではなく、叩かれても殴られても、弾圧にジッと耐え続けるのです。

と言っても抵抗しないわけではありません。徹底的に抵抗します。絶対に敵の言うことに服従しません。しかし暴力は使いません。暴力以外の方法で戦うのです。

その方法は、デモ行進とか、不買運動とか、ハンガーストライキなどです。「受動的抵抗」とも呼ばれます。政府がやれということをやらないのです。積極的に暴力で戦って政府を転覆させるのではなく、命令に従わないことで政府のやり方に変更を促すのです。

これがガンジーの「非暴力・不服従」です。

そんな手ぬるい方法で世の中を変えることができるものかと、血気盛んな武闘派の人は思うかもしれませんね。
しかし実際にガンジーは非暴力・不服従でインドを独立へと導いたのです。
インド独立の背景には独立運動だけではなく、第二次大戦によってイギリス本国が疲弊して植民地経営が難しくなった、という事情もあります。軍事力によって支配地域の人々を服従させるのですが、その駐留させる軍隊のコストが大きな負担となります。不服従運動によって服従を拒否されたら、さらに大きな軍事力が必要になります。それを負担することが困難になり、植民地を独立させて行ったのです。

具体的な不服従運動はどういうものかというと、たとえば1930年の「塩の行進」が有名です。これはインドの独立運動を大きく進展させました。当時はインドを支配していたイギリスが塩の専売制度を握っていました。海水を煮詰めればいくらでも塩を作れますが、イギリス政府以外が塩を作ったり売ったりすると処罰されたのです。こうやって人間のライフラインを握るのが征服者のやり方です。
ガンジーはこの塩の専売制度に異を唱えて400キロ近い距離を行進しました。出発したときはわずか数十人でしたが途中で数千人の支持者が合流しました。そして海岸に着くとガンジーは浜辺で塩と泥の塊を煮詰めて、インド人が法的には作ってはいけない塩を作り出したのです。
これをきっかけにインド各地で塩が勝手に作ったり売ったりされるようになり、またイギリス製の商品の不買運動が起きました。それに対抗してイギリス政府は数千人のインド人を投獄し、軍隊は非武装の市民に発砲しました。しかし非暴力の方針を貫き通して、最前列の人が撃たれたら、次の列の人が前に出て、銃撃に曝されたのです。
凄まじい抵抗力です。「死んでもいい」という決意のある人に対しては、もはや暴力は何の役にも立ちません。支配することが不可能となるのです。

この非暴力・不服従によって社会を変革するには、不屈の信念と忍耐が必要です。ガンジーの言葉を少し引用してみます。

 暴力の訓練を受けるには、人殺しの術を習得しなければならぬが、それと同じように、非暴力の訓練を受けるには、死ぬ術を習得しなければならぬ。(略)非暴力の信徒は、土地や財産や生命を失うことを気にかけない。あらゆる恐怖に打ち勝った人でないと、アヒンサーを完全には実践できないのだ。非暴力の信徒にはただひとつ恐れるものがある。それは神への畏れである。神に救いを求める人は、肉体を超絶するアートマー(飯塚注・アートマン。真我)を一瞥すべきである。その不滅のアートマーを一瞥した瞬間、はかない肉体に対する愛着を捨て去るであろう。(略)暴力は外面の物を守るために必要であり、非暴力はアートマーの守護・名誉の守護のために必要である。
   ○   ○
 非暴力は人間に委ねられた最大の力である。それは人間の創意により考案された、破壊のためのもっとも強力な武器をも凌ぐものである。人は、いざとなれば、同胞の手にかかって死ぬ。覚悟をすることにより自由に生きるのであって、同胞を殺すことによって生きるのでは断じてない。いかなる理由によるにせよ、他人を殺したり傷つけたりすることは、人道に対する犯罪だ。
〔古賀勝郎・訳『今こそ読みたいガンディーの言葉』2011年、朝日新聞出版、P118〕

このように非暴力・不服従は、高い精神性のもと、実践されるのです。

ところでガンジーの「非暴力・不服従」という方法は、何故か日本では「無抵抗主義」と呼ばれています。本当は無抵抗ではなく、徹底的に抵抗するのに、いったい何故「無抵抗」主義と呼ばれるようになったのでしょうか?
その理由はよく分かりませんが、当時は帝国主義全盛の時代です。帝国主義というのは力の強い者が正義のヒーローです。欲しいものは力で奪い取ることが当たり前であり、日本も欧米諸国の真似をして台湾や朝鮮などを合併し領土を拡大させて行ったのでした。暴力こそが正義とされていた時代においては、暴力に対して暴力でやり返さないことは、あたかも抵抗しないように思えたのではないでしょうか? それで「無抵抗主義」と呼ばれるようになったのではないかと私は推測しています。
しかし実際にはガンジーは徹底的に抵抗するのです。

それに対して出口王仁三郎が唱えた「無抵抗主義」は、まったく抵抗しません。本当の「無抵抗」なのです。

(続く)

(このエントリーは電子書籍『言向け和す』収録の文章の一部に加筆訂正したものです)