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言向和(5) 王仁三郎以外の識者の意見

Published / by 飯塚弘明
投稿:2017年07月19日

前回は古事記で「言向け和す」という言葉がどのように使われているのか書きました。
「言向和」以外に、「言趣和」とか、「言向和平」という漢字も使われています。

一方、古事記の8年後(西暦720年)に完成した日本書紀には、「言向け和す」という言葉が出て来ません。
前回紹介した古事記のエピソードに該当するエピソードは書かれているんですが、「言向和」は出て来ません。
理由は分かりません。古事記と日本書紀は編纂者が異なるので、色々と思想も異なるのでしょう。
「言向和」に限らず古事記と日本書紀は相違点がたくさんありますが、今は「古代ミステリー」として深く追求しないでおきます。


「言向け和す」は古事記に記された日本建国の使命と言えるのに、千数百年間、誰も探究をせず、王仁三郎が史上初めて「言向け和す」をテーマに本を書いた。それが81巻の霊界物語である…ということは今までに何度も書いて来ました。

「言向け和す」という言葉自体は、神道系ではそれなりに使用しているようですが、しかし辞書に書いてあるような意味(第3回参照)で使っているだけで、それ以上深くは探究されていません。

とはいえ、調べてみると、若干、オリジナルな言い方で「言向け和す」を説明している本を何冊か見つけましたので、それを紹介します。(王仁三郎が「言向け和す」についてどう説いているのかは、もう少し後の回で書きます)

次の7人の方です。(著者の敬称略。引用文中の太字は飯塚による。ルビは《 》内。)

   「言向け和す」とは?

大野靖志 ・・・できるだけ現実に沿っていくという生き方
山田雅晴 ・・・言霊で平和・調和をもたらすこと
谷川健一 ・・・言葉をもって、自分に背く者を従わせることが「言向け」
久保田展弘 ・・・「言向け」とは、相手が能動的に服従しようという思いになること
天巫泰之 ・・・根気よく教え諭して相手の心を解きほぐし、おたがいに理解しあい、許し合い睦み合うという教え
中西進 ・・・「あら(荒)」=非秩序を「にき(和)」=秩序に変えること
鈴木一彦・林巨樹 ・・・鎮魂する行為

大野靖志『言霊はこうして実現する』文芸社、2010年、P222~223
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 一神教の終末観は、神に対立する「悪」を打ち倒す戦いを示唆するものであると同時に、神に近づかんとする人間に対する鉄槌でもある。
 その教えでは、唯一絶対の神がすべてを創造するのであり、人は神によって作られた被造物でしかない。そのため、人間による文明が進化して神の創造の領域へ近づいていくと、その文明そのものを崩壊させないことには、つじつまが合わなくなってしまう。
 一神教が終末観を持つのはそういった教義的な必然性ゆえのこと。ここで問題となるのが、一神教の影響下にある西洋の国々が大きな政治的・軍事的パワーを持っていることである。彼らは、人類を滅亡させるのに十分な核兵器を保持しているのだ。
 この状況において一筋の光明となりうるのが、本来の日本的な精神である。
 日本には古来、「ことむけやはす」「しろしめす」といった考え方がある。これは、できるだけ現実に沿っていくという生き方であり、一神教的な対立姿勢とは正反対のあり方だといえよう。

山田雅晴『2013年太陽系大変革と古神道の秘儀』たま出版、2012年、P185
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 光の神業を本格的に始めた私たちに、目本の地底に潜んでいた巨大な龍王神が怒って地上に出てきたわけです。その龍王神はとても恐ろしげな形相でした。そこで、地鎮祭の剣祓いの要領で、八握剣(レプリカ)を使って汗だくになって祓い清めました(私は昔、地鎮祭を頼まれた際、剣祓いをしていました。数年後、笏《しゃく》と錫杖《しゃくじょう》を使って調和する神業にしました)。
 さて、ミソギしてきれいになったところで、私が言向け和すと、龍王神さまは正気に戻られました。「言向け和す」とは古神道において、言霊で平和・調和をもたらすことを言います。

P206
 次に、全員で宇宙大龍神さまをお呼びして、シベリアの方に飛んでいただきました。「言向け和す(言霊で、調和・平和をもたらす)」こころをメインに、シベリア一帯に対し宇宙大龍神さまによる祓い清めご開運を行いました。

谷川健一『古代歌謡と南島歌謡─歌の源泉を求めて』春風社、2006年、P83~84
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 「草木言問ふ」時代は天つ神の侵入以前で、草木石がよく物を言い、森羅万象が自分の存在を主張する時代であった。彼らはみずからがカミであった。そのあと後来のカミが侵入すると、邪神、悪神、国つ神として退けられた。「言問ひ」は天つ神から国つ神へ、常世神から土地の精霊へとなされる時代に変わった。言葉をもって、自分に背く者を従わせることが「言向け」であった。
 『万葉集』に、
  ちはやぶる神を言向け 服従《まつろ》へぬ人をも和し掃き清め……(巻二十・四四六五)
とある。また『古事記』に、
  葦原中国を言向け和平しつる状を、複奏したまひき(「神代」)
とある。それまで「言問ふ」存在で、反抗して不平を鳴らしていた相手を沈黙させるのが「言止《ことや》め」である。「言止め」るまで、相手を訊問し、糾問し、「言向け」追いつめねばならない。

久保田展弘『原日本の精神風土』NTT出版、2008年、P105
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 十握剣を逆さまに突き立て、その剣の切先に趺坐をかいて坐りながら、葦原中国の服属を迫るとは『記』『書紀』がいう「言向け」というにはほど遠い所行ではないか。「言向け」とは、相手が能動的に服従しようという思いになることであるはずだ。が使者である神々の武力行使といえる態度に「言向け」を実現させるようなゆとりはない。むしろ使者にたいする大国主命(大己貴命)、八重事代主神(事代主神)の親子神の対応にこそ、大人《たいじん》の風情がある。

天巫泰之『スピリチュアリスト天巫泰之が贈る~幸せになれる七つの方法』ArakawaBooks、2015年(Kindle版)
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 神道には、言向け和すという教えがあります。根気よく教え諭して相手の心を解きほぐし、おたがいに理解しあい、許し合い睦み合うという教えです。今こそ、世界は神道の「言向け和す」という教えに学ぶ時なのではないでしょうか? いままで武力で自国の論理を押しつけ、消え去らない怨念の血と涙がどのくらい流されてきたのでしょう。もうそろそろ私たちは愚かすぎる過去を悔い改め、卒業してもよいのではないでしょうか?

中西進『中西進万葉論集 第三巻』講談社、1995年、P138
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 こうした荒ぶる自然(モノ)に対して、人々は、これを「和す」べく言向けをしなければならない。先に述べた「まつる」論理と、言向けし「まつろ」わせるという論理とは、一義的には正反対の事柄だが、この両面をもつのが、一般的な祭りの論理である。まして荒ぶるものを「にき」なるものに和すことは、けっして祭ることと矛盾しない。「あら」に非秩序を、「にき」に秩序を考えていたのが彼らだったからである。そして、「にき」を超えるモノに対しては、これを言向けなければならない。言向けによって「にき」を手に入れなければならない。

鈴木一彦・林巨樹・編『研究資料 日本文法 10 修辞法編』明治書院、1985年、P41
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(略)神の遊行や天皇の巡行は、後に高みに登って国状を見る国見の儀礼として形式化するところの、文字通りの国見──占国の行為であった。それは、ことばを変えて言えば、国々の土着の土地神を言向け和す──鎮魂する行為であり、土地の人びとを服属せしめる行為であったけれども、多くの場合、それは戦いの形を取らないで、土地神を讃美する形で鎮魂し、人びとに祝福を与え開化する形で行われた。その土地の起源──したがって地名の起源が、それらの威大な神や天皇にこと寄せて説かれることは、それらの神や天皇の、その土地に対する特別の顧《かえり》みのあったことを確認することにつながる。神や天皇の特別の加護祝福によって、その土地が開かれ、創世したのだということを、人びとは、その起源説話に伝えたのである。

なるほど。
いろいろな言い方があり、とても参考になります。
皆さんも「言向け和す」に言及した本を見つけたら、ぜひ教えて下さい。

・・・しかし”言向け和すマスター”の王仁三郎は、もっと深く、激しいことを説いているのです。

(続く)

(この文章は「言向け和すメールマガジン」2016年6月15日号及び6月22日号掲載の文章に加筆訂正したものです)