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言向け和す(1) 霊界物語の主人公とテーマは何?

Published / by 飯塚弘明
投稿:2017年07月15日

出口王仁三郎が書いた霊界物語のテーマは何でしょうか?
私は「言向け和す(ことむけやわす)」がテーマだと人に教えています。
しかし王仁三郎がそう言っているわけではありません。
王仁三郎は霊界物語のテーマについて言及していません。
ですから色々な意見があっていいのですが、私は「言向け和す」がテーマだと考えています。
私自身が霊界物語を探究した結果、「言向け和す」がテーマだと確信したのです。
これから何回かに分けて、この霊界物語のテーマ「言向け和す」について書いていこうと思います。


私は平成21年(2009年)から霊界物語の講座を行うようになり、霊界物語をどのように人に伝えて行けばいいのか、いろいろと考えました。
霊界物語とは何なのか、簡潔に短い言葉で紹介するには、どのように言えばいいのだろうか、と。

まずは霊界物語の出版社がどのように宣伝しているのか調べました。
現在、霊界物語の印刷本は、天声社、愛善世界社、八幡書店の3社から出版されています。
そのホームページから、霊界物語の宣伝文句を引用してみます。

天声社
 本書は、出口王仁三郎聖師が霊山高熊山で神的修業をされた際、心得された救世の教えと経綸を口述編纂されたもので『大本神諭』とともに大本の根本教典である。
 神と人との関係、人生の意義、霊界の真相、救世の本義、地上天国建設の神策などがユーモアあふれるなかに凝縮され、読者を知らずしらずのうちに雄大無比な宇宙真理に導き、限りない歓喜と光明の法悦に浴させる宇宙唯一の大宝典である。

愛善世界社
 『大本神諭』とともに大本の根本教典である『霊界物語』は、三千世界の救世の書であり、最後の審判書といわれます。
 全81巻83冊という他に類例を見ない長大な教典であり、宇宙の剖判から50世紀の未来に至る大宇宙の実相が物語の形式で開示されています。
 霊界物語はみろくの大神の啓示のまにまに出口王仁三郎聖師が口述したもので、大正10年から昭和初期にかけて天声社から発刊されました。(以下省略)

八幡書店
 王仁三郎は『霊界物語』全81巻83冊を、延べわずか1年1カ月という信じられないスピードで口述した。常人の技ではない。
 天界の中府に、あるいは宇宙の外に身をおき、霊眼に映じてくる神々の活動は、ものに憑かれたように、湧きあふれるように、王仁三郎の口から語りだされ、一字一句おろそかにされることなく筆録された。
 大虚空からの宇宙創造、地球を舞台とする神々の活動と神政の破綻、正神群と邪神群の闘争、世界を巻き込む終末状況、救済更生の神・神素盞嗚大神の活動などの歴史を軸に、豊かな文体で神々人々の葛藤、改心、歓喜の世界が織りなされてゆく。舞台は全世界におよび、国家国境の枠を超越している。
 霊的世界を内包する生命性あふれる自然万物への開眼、人間存在に注がれる神の愛と三界にわたる霊魂の運命と歓喜、現界での人生の意味など、きわめて詳細に解き明かされ、国際政治、内政、経済のあり方、宗教、教育、芸術、恋愛など百般に及ぶ。
 しかも、その多彩な文章表現のなかには、無数の予言や暗示が重層的にぬりこめられている。
 『霊界物語』にまつわる奇跡談は枚挙にいとまがない。刊行中から夢のなかで続きを読んだという人や、電球が12個に見えるほどの乱視の人が、なぜか『霊界物語』の活字だけはくっきりと見え、全巻拝読できたという例もある。『霊界物語』は既存の宗教テキストの観念をまったく打ち破る。全体は小説形式を採りながら論説あり、随筆あり、詩歌ありと天衣無縫に展開し、襟を正して読まねばならぬ箇所があるかと思うと、抱腹絶倒のユーモアが折り込まれ、楽天主義を説く王仁三郎独特の明るさに満ちた世界が拡がる。まさに、読むだけで癒されるヒーリング文学といえよう。

なるほど。
各社ともいろいろ考えて、霊界物語を紹介していますね。
これはこれは簡潔に紹介していて、とても良いです。

しかし私は、これらの文章に今ひとつ物足りなさを感じていました。
それはおそらく──これらの紹介文は「本」の紹介であって「物語」の紹介ではないからだと思います。
外側の紹介であって、内側の紹介ではない、と言ってもいいでしょう。
何かの映画の予告編を思いおこして下さい。その映画の見所となるシーンを短くカットして繋いで紹介しています。主役を始めとする登場人物やアクションを見せるわけです。それが内側の紹介・物語の紹介です。
それと同時に、○○賞を受賞した××が監督だとか、制作費が○○億円だとか、そういうスペック的なこととか、「この夏空前の感動巨編」みたいなキャッチコピーを、テロップやナレーションで流して行くわけです。それが外側の紹介・本(映画)の紹介です。
紹介には、この内と外の両面が必要となります。
前述の各社の霊界物語紹介は、どれも映画予告編にテロップで流れるキャッチコピー的な感じです。
それはそれで重要ですが、それと同時に、そこに流す物語のカットも必要です。
霊界物語を「物語」として紹介するにはどうしたらいいか、いろいろ考えました。
映像作品ではなく、文字だけで書かれた物語の予告編をどう作るか?

まず「物語」なんですから、主人公がいるはずです。霊界物語の主人公は誰なのか?
王仁三郎は特に誰が主人公とは述べていませんし、全巻通して登場する人物もいません。
主人公は誰なのか科学的に(?)解明するため、電子化した霊界物語のテキストを使って登場人物の名前の使用回数を調べました。主人公なら一番多く出て来るはずです。
その結果、第一位は高姫で約5千回、名前が出て来ることが分かりました。
しかし高姫は悪党です。キャラ的にはおもしろいのですが、悪党が主人公というのは、ちょっとどうなのかな~~?
第二位は黒姫で約2500回。しかし黒姫は高姫の一番弟子で、やはり悪党です。
闇金ウシジマくんとか東映ヤクザ映画のように、悪党が主人公という物語は多々ありますが、しかし霊界物語はいちおう神の教えが書かれた教典なので、そのような紹介の仕方はちょっとアレですね。
実は最初は、私も茶目っ気を出して、高姫を霊界物語の主人公に位置づけようと思ったのですが、関係各方面から多大な批判が出ることことも予想されるので、踏みとどまったのです。霊界物語を一般に広めて行くというのは先駆者がいませんので、私が言うことがデファクトスタンダードになってしまう可能性があります。だから慎重に事を進めなくてはなりません。

そこで、もう一度霊界物語をよく読んでみると、第1巻の一番最初、「序」に、次のように書いてありました。

 この『霊界物語』は、天地剖判の初めより天の岩戸開き後、神素盞嗚命が地球上に跋扈跳梁せる八岐大蛇を寸断し、ついに叢雲宝剣をえて天祖に奉り、至誠を天地に表はし五六七神政の成就、松の世を建設し、国祖を地上霊界の主宰神たらしめたまいし太古の神代の物語…
〔第1巻序〕
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm010001

なるほど。
主語が「スサノオ(神素盞嗚命)」になっています。第1巻の冒頭に「スサノオが~五六七神政を成就する物語」と書いてあるのですから、スサノオが主人公と考えて間違いないでしょう。
スサノオの名前の登場回数は第5位の約1000回なので、それほど多くは登場しないのですが、ミナミの帝王もゴルゴ13も水戸黄門も主人公はそれほど多く登場しているわけではありません。主人公以外の人物がストーリーを進めて行き、肝腎なとこだけ主人公がボンと出るという形です。そういう物語の形態もあるのです。

スサノオが主人公ということについては、それほど異論は出ないと思います。
ただし「王仁三郎が主人公だ」と言う人はいるかも知れませんね。
第1巻の途中までは、王仁三郎自身が物語の主人公として登場し、一人称で語られて行きます。
それが途中から、王仁三郎がどこかに消えてしまい、三人称に変わるのです。
これは、王仁三郎が宇宙の中心の「須弥仙山」から、神々の物語を見ている、という形になるからです。〔第1巻第20章「日地月の発生」参照〕

王仁三郎は物語の外側から観察して語っているのですが、たまに物語の中に入り込むのがおもしろいです。第5第24章「天の浮橋」では自らが、天空に架かる天の浮橋の上に揚げられて橋を渡っていますし、時々霊界から現界に戻り、高熊山の寒い岩窟で目を醒まします。(第2巻第50章第3巻第17章など)

王仁三郎の神霊はスサノオですし、霊界物語のスサノオとは実は王仁三郎自身のことであるという解釈も出来ますので、霊界物語の主人公は王仁三郎だという見方をしてもいいと思います。
しかし、王仁三郎本人が物語の中で活躍するシーンは、ほんのわずかですので、私はスサノオが主人公であると位置づけたのです。
「王仁三郎が」というよりは「スサノオが」と言った方が、霊界物語の神話世界に入りやすいと思いますしね。

さて、主人公は誰だか確定したので、次に霊界物語の「テーマ」は何だろうと考えました。
他人に霊界物語を紹介する上で、「霊界物語の主人公は○○で、テーマは××です」と話せば、霊界物語を簡明に伝えられるだろうと思ったのです。
知らない人に霊界物語を知ってもらうのが私の役目です。話のつかみが大切です。最初の30秒で人の心をつかまなくては、もう後は聞いてくれません。

しかし王仁三郎は霊界物語のテーマは何か、語っていません。
さて、テーマをどうやって調べたらいいでしょうか?

(続く)