月別アーカイブ: 2016年10月

ツキヨミとスサノオの関係

Published / by 飯塚弘明
投稿:2016年10月07日

王仁三郎の神学において、ツキヨミはスサノオの別名、あるいはスサノオの一部、ということになります。

かしこくも神素盞嗚尊は(略)尊のまたの御名を月読命と尊称したてまつる。
──『月明』昭和2年(1927年)2月号「創刊の辞」/『出口王仁三郎著作集』第3巻p196
http://onidb.info/bview.php?CD=10132

月が上線を運行する時は、月読命の活動であり、下線を運行する時は素盞嗚尊の活動である。
──霊界物語第4巻第47章「神示の宇宙 その二」
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0447#a084

この男神を素盞嗚大神と申し上げる。(略)その御身体から真白の光が現はれて、天に冲して月界へお上りになつてしまつた。これを月界の主宰神で月夜見尊と申し上げるのである。
──霊界物語第1巻第20章「日地月の発生」
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0120#a171

世界に一旦流浪された神素盞嗚命もミロクの御霊性であつて、いはゆる月読尊である。
──『神霊界』大正9年(1920年)1月15日号「随筆」
http://onidb.info/bview.php?CD=11928

「恒天暦」とは?

Published / by 飯塚弘明
投稿:2016年10月06日

昨日は「十ケ月暦」について書きましたが、王仁三郎は「恒天暦」(こうてんれき)についても語っています。

「宇宙経綸の三大暦即ち恒天暦、太陽暦、太陰暦の大本元を(略)」(霊界物語第10巻第27章「言霊解一」)

「この世界には恒天暦、太陽暦、太陰暦の三つの暦が常に運行循環して居るのであります。」(霊界物語第12巻第28章「三柱の貴子」)

恒天暦は宇宙の現象に基づいて造ったもので、これによれば陽気に絶対に狂いがないのである。恒天暦によれば六十日が一月または一年ということになる。甲子より癸亥までである。世の中は六が本で三六と言い、六が本であって六十に六かけると三百六十になり、恒天暦では一年三百六十日である。太陰暦は三百五十日、太陽暦は三百六十五日と六時間である。王仁は恒天暦の暦を昔こんなものに(両手をひろげて紙の大きさを示して)書いておいたが、どこにも残っておらぬ。
王仁の考えではみろくの世になれば、一月三十五日とし三十六日目は三六だから祭日とし、一年は十カ月で残りの五日は無日として(略)」(『新月の光』所収「恒天暦(みろくの世の暦)」)

「問 みろくの暦法は。
答 恒天暦は宇宙の規則やから恒天暦から太陽暦、太陰暦が出ているのやから、人民のことは太陰暦を用いる。(昭和十九年四月十日)」(『新月の光』所収「みろくの世の暦法」)

恒天暦は、みろくの世の暦のようですから、十ケ月暦と同じもの?と思いきや、違うようです。別名「北斗暦」とも言うようです。

「しかし今の一月一日は西洋人の私作にかかる太陽暦に従つて生ずる所の元旦である。太陽暦は我が皇国の天地に対して春も春ならず、秋もまた秋ならず、二月に二十八日の不具数を生ずるなど、不満不便の点が最も多い。およそ暦と云ふものは要するに天地の自然に基づかねばならぬものである。古(いにしえ)の釈迦にしろ、孔子にしろ、聖徳太子にしろ、はたまた日蓮にしろ、何れも皆北斗暦に拠つたものである。太陽太陰の両暦に対照して見れば、北斗暦の万世不易なる点において大いに勝つて居ると思ふ。北斗暦に依れば大正九年の二月一日は太陰暦の十二月十二日に当る。吾人神国民は惟神の大道に従ひ以て東洋文明の権威を示し併せて天地の真理に浴すべく、一日も早く北斗暦恒天暦)を正暦として正真の正月元旦の用ゐられ、日蓮の唱へたる艮(日の若宮)の義の顕れんことを祈る次第である。」(『神霊界』大正9年(1920年)1月15日号所収「随筆」)

ではこの「北斗暦」とはどんな暦でしょうか?
調べてみると、たぶんこの「北斗中正暦」(ほくとちゅうせいれき)のことではないかと思います。
中正暦(ウィキペディア)

これは1年が12ヶ月です。各月が30日で、30×12=360日になります。先ほどの「恒天暦(みろくの世の暦)」の中で王仁三郎は「恒天暦では一年三百六十日である」と言っていますので、やはりこの中正暦を指しているのでしょう。365-360=5ですが、余った5日間は閏日として挿入されます(詳細は上のウィキペディアを読んで下さい)。

最大の特徴は、十ケ月暦と同様に、立春を元日としていることです。
上の随筆の中で王仁三郎は、恒天暦の元日、即ち立春を「正真の」正月元旦と呼んでいますね。立春を元日にすることが、みろくの世の暦のポイントのようです。

調べてみると、江戸時代までは、節分に年越しソバを食べていたようです(参考:麺類雑学辞典「節分そば」)。
昔は立春が一年の始まりとしていたようです。神武天皇即位の日、即ち建国記念日も立春の日であるという説もあります。一般には日本書紀の記述に基づき西暦紀元前660年の旧暦1月1日を新暦に換算した2月11日としていますが、この「正月朔日」は旧暦の元日ではなく、立春の日であるというのです。
旧暦の元日は月の運行に基づきますが、立春は太陽の運行(厳密に言えば地球の公転)に基づきます。太陽暦の一種です。
グレゴリオ暦も太陽暦ですが、1月1日は天体の運行とは何の関係もなく決められています。そういう意味では、恒天暦(北斗中正暦)の方が完璧な太陽暦と言えます。

ではお月様の運行はどうなってしまったのかというと、恒天暦、太陽暦、太陰暦が宇宙の三大暦であると王仁三郎は言っていますので、併用せよ、ということでしょうか?
そこにさらに十ケ月暦も加わって来て、かなり複雑ですね。さっぱりわけが分かりませんねえ。

ともかく、今回の結論は、みろくの世は「立春が元日」だということです。

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【注】随筆の中で「北斗暦に依れば大正九年の二月一日は太陰暦の十二月十二日に当る」と書いてありますが、これは北斗暦ではなくグレゴリオ暦の大正9年(1920年)2月1日が、旧暦の12月12日になります。

ミロクの世の暦「十ケ月暦」の謎

Published / by 飯塚弘明
投稿:2016年10月05日

久しぶりにブログを書きます。
今年の6月に出版された出口恒氏の著書『誰も知らなかった日本史』(ヒカルランド)に製作協力という形で参加させていただいたわけですが、私の著書としては次回作は『出口王仁三郎入門(仮題)』になります。王仁三郎に興味を持った人がまず最初に読む本という位置付けで製作しました。今までは何故か入門書が無かったんですね。今まで私は出口京太郎著『巨人 出口王仁三郎』を勧めていましたが、あの本は王仁三郎の伝記だけで、どういうことを説いたのかが分かりませんし、少々長いです。私が書いた『超訳 霊界物語』は霊界物語の入門書ですが、王仁三郎の入門書ではありません。
ということで『出口王仁三郎入門(仮題)』を作ってみました。この本一冊で、王仁三郎の経歴も、教えも、ざっくり分かるというスグレものです。
原稿はだいたい完成したんですが、出版社がまだ決まっていませんので、いつ発売になるかは分かりません。来年以降になります。

さて、その次に企画しているのが、『王仁三郎が解るとミロクの世が見えてくる!(仮題)』です。ミロクの世と言ってもすごく抽象的ですが、王仁三郎が説いていることを通してミロクの世の実態を探って行こうという本です。天国が移写されて地上天国(ミロクの世)が実現します。霊界物語第47~48巻で天国のことが詳しく書かれていますが、それが地上界にどのように移写されるのか、現代の社会の流れと照らし合わせながら、推理しようというわけです。

その一部として「十ケ月暦」について考察してみました。
王仁三郎はいろいろ常識外れのブッ飛んだことを言っていますが、この十ケ月暦もブッ飛んでいます。
十ケ月暦」『玉鏡』

ここに出て来る「ゼネバ」とは国際連盟の本部が置かれていたスイスのジュネーブ(Geneva)のことです。昔は英語をそのまま日本語読みにして「ゼネバ」と呼んでいたようです。
国際連盟での改暦の議論についてはこちらを読んで下さい。改暦(ウィキペディア)

王仁三郎が提唱する、神示の「十ケ月暦」は、まとめると次のようになります。

  • 1年を10ヶ月とする。
  • 1ヶ月を35日として、1週7日×5週間とする。
  • 36日目は週に加えず祭日とする。
  • 隔月で37日目を設け、言論自由の「閑日」(かんじつ)とする。
  • 4年に1回(グレゴリオ暦と同じ)閏年を設け、閏日(じゅんじつ)は年末に置く。
  • 立春を元日とする。(節分が大晦日になる)
  • 1月の祭日を第1祭日、2月の祭日を第2祭日…と呼ぶ。閑日も順に第1閑日、第2閑日…と呼ぶ。

イメージが湧かないかも知れませんので、実際に10ケ月暦のカレンダーを作ってみました。
今日はグ暦だと10月5日(水)ですが、この十暦だと7月26日(木)になります。
「出口王仁三郎の十ケ月暦」(オニド)

現行のグレゴリオ暦に代わって、これがミロクの世での暦になるようです。
とは言え・・・現実にはなかなか浸透しないでしょうねえ。

まず1年が10ヶ月にする、合理的な理由がありません。「十」が神を象徴するとは言っても、それは漢字を使う日本だけですから。キリスト教で十字架が数字の10を意味するのかと言ったら、そういうわけではないでしょうしね。
それに経済の上で大混乱です。家賃とか、月極めで決まっている金額はすべて変更しなくてはなりません。
グ暦と十ケ月暦との対応もたいへんです。記念日をどう動かすか? グ暦で11月生まれや12月生まれだった人はどうなる? 12月25日のクリスマスは消滅してしまうのか?? それとも十暦に対応させた9月下旬に変更するのか?
それに回転運動とか周期を持つ数は、10進数では不便です。

ちょっと話が脇にズレますが、長さとか重さを計る単位は10進数なのに、時間はなぜ12進数が使われているのでしょうか?
10進数は、両手の指が10本あるから、数を数えるのに10進数が使われるようになった・・・と容易に考えることが出来ますが、12進数が使われるようになったのは何故?

はっきりとは分かっていないようですが、まず月の満ち欠けが1年に約12回だということがあります(もう少し厳密に言えば12.3684回)。
他に、円を描いて、その円周を等分するのに、6等分するのが一番やりやすいということがあります。
地面に円を描いて日時計を作るとします。木の棒でコンパスのようなもの作れば、地面を円を描くことができますが、そのコンパスで、円周を等分して行くと、円周を6等分することが出来ます。
下の図のように、円の半径rの長さに等しい辺を持った正六角形が作れるのです。等分するのに容易なので、周期性のあるものは、6の倍数が使われるようになった、という説があります。

また、円を等分するのに、2分の1、4分の1、8分の1・・・と分割するのも比較的たやすいことです。
そのようなことから、4と6の公倍数である12(の倍数)が、時間の単位として使われるようになった、という説があります。
10ヶ月暦だと、四季がちょっと表現しずらいですよね。
同様の理由で13ヶ月暦も不便です。だから10ヶ月暦や13ヶ月暦が世間一般の理解を得ることは難しいと思います。

1年を10ヶ月にするなら、1ヶ月が37日と36日が交互に現れるという方法は、とても合理的です。
(37×5)+(36×5)=365
しかし10ヶ月にしなくてはいけない合理的・実用的な理由がない限り、世界の暦として採用される可能性はないのでは?
言い方を変えると、合理的・実用的な理由があれば、暦として採用される、ということです。
ではその理由とは、どんなことがあるでしょうか?

それはたとえば──今、月の満ち欠けの周期は約29.5日ですが、それが天変地異が起きて36.5日くらいになり、何故か地球の公転と同期して、立春が朔日になったら、「10ヶ月暦を採用してもいいかなア」と思うでのではないでしょうかねえ。
いずれにせよ、12ヶ月を10ヶ月にするには、人類社会が大混乱するので、天変地異でも起きて社会をリセットする機会でもないと、10ケ月暦の導入は難しいように思います。

あと王仁三郎は、世界の気候は平均化されると言っています。今は暑い地域と寒い地域があって、寒暖の差が激しいですが、それが平均化されて、一年中、住みやすい気候になるようです。つまり「四季」の変化が少なくなって「二季」くらいになる可能性があるわけです。「二季」なら十ケ月暦でもさほど不便ではないかも知れませんね。

ともかく十ケ月暦は従来の文化が通用しなくなります。十二支も、二十四節気も、星座の十二宮も、みんな変更です。
大立替後の暦、ということではないかと思うのですが、まだまだ探求を続けたいと思います。